見出し画像

KISS Side-A

昨年配信されたライブで聴いた松下洸平さんが歌う「KISS」が大好きでイメージを膨らませて書いたお話です。
書き始めたらイメージが膨らみすぎて4回連続シリーズになってしまいました。

今年の春(3月14日)配信シングルでリリースされる事が決定して凄く嬉しいです♪《2022.2.16前書き追加》

そもそもは配信されたライブで聴いた「KISS」からイメージして書いた話ですが、最新シングルの特典に収録された「KISS(Sam Ock Remix)」の雰囲気にも合ってるなぁと思ってYouTubeのリンクを貼ってみました《2023.8.6追加》

彼からの連絡はいつも突然だった。
「久しぶりにメシでもどう?」
短いメールが突然届く。
「メシ」が「お酒」だったり「映画」だったりするが、連絡はいつも彼からだ。

私と彼を知る人は私達の関係を「彼の気まぐれに無理やり付き合わされてる私」と思っているらしい。
でもそれは違っている。
私は無理やり彼に付き合わされている訳ではなかった。
いつ彼から誘われても良いように私の自由な時間は全部彼のために空けてあった。
いつでも彼から連絡があった時に会えるように。
私から連絡したり「会おう」と誘わないのは、彼から返信が返って来なかったり誘いを断られる事が怖いからだ。
だから別れ際も「次はいつ会える?」とは絶対に聞かない。
ほんの一瞬、表情を曇らせて困った顔の彼を見たくないからだった。

その日も彼からの連絡に「私だって忙しいんだよ!」と少し怒ったふりをしながら「美味しいもの食べたいな♪」と返信した。

彼と会うペースはその時々で色々だった。
月に2回の時もあれば2ヶ月近く連絡が途切れる事もある。
彼と頻繁に会っているサイクルの時は友達に「それって付き合ってるんじゃないの?」と言われる事もある。
確かに会っている時の彼は優しい。
彼の隣にいるだけで嬉しくて幸せでこの時間が永遠に続けばいいな、彼も同じ気持ちだったらいいな…といつも願っている。

でも私達は手を繋いだ事さえ無かった。
いや、正確に言うと一度だけある。
それは私が少し飲み過ぎた時、酔っ払ったふりをして思い切って彼の手を取った時の事だ。

心臓が飛び出そうなくらいドキドキして顔を上げることもできない。
そんな私に彼は「大丈夫?少し座って休もうか?」と、そのまま手を繋いで近くの公園のベンチまで一緒に歩き、私をベンチに座らせペットボトルの水を買ってきてくれた。
彼は手を伸ばせば触れる事ができるギリギリの絶妙なラインにいて、いつも私をドキドキさせる。

その日の彼は、今思えばいつもと少し様子が違っていたかもしれない。
でも私は1ヶ月ぶりに彼に会う事が嬉しくて、でもそれを彼に気付かれないように自分の気持ちを抑える事に必死で、彼が時々見せる一瞬の寂しそうな表情に気付く事ができなかった。

食事中の彼はいつもと変わらず優しくて、私の話を聞きながら時々小さな笑い声をあげたり、彼がオーダーしたメニューが運ばれてきて「美味しそうだね♪」と微笑む私に「一口食べてみる?」と皿を差し出したりして、私の幸せな時間はあっという間に過ぎていった。

私が化粧直しで席を外している間に支払いを済ませ、いつもは歩いて駅の改札口まで送ってくれる彼が「今日は車で来てるんだ。家まで送るから少しドライブでもしない?」と珍しく食事の後の時間も一緒に過ごそうと誘ってきた。私は顔から溢れてしまいそうな気持ちを必死に堪えて「食後のドライブいいね♪」と答えた。

行き先を告げずに車は走り出す。
彼の車に乗るのはこれが初めてではない。
ハンドルを握る彼の長い指、運転中の真剣な横顔を何度もこっそり盗み見る。
しばらく走っているうちに柔らかい雨が降り出した。

無言のまましばらく走ると、彼は途中のコーヒーショップに寄りコーヒーを2つテイクアウトしてきた。
運転席に戻った彼はまたそのまま走り出し、私の家とは逆方向の高台にある公園の方へハンドルを切った。
平日夜の公園の駐車場は貸切状態で、見下ろすと街の夜景が綺麗に見える。
雨に濡れた街の灯りはキラキラ光って宝石を散りばめたみたいだった。

私と彼は黙ったまま運転席と助手席で温かいコーヒーを飲む。
聞こえてくるのは雨音だけ。
私は2人だけの景色と音、時間をしみじみと噛み締めていた。
このまま時間が止まってしまえばいいのに。
このコーヒーを飲んでしまったらこの時間が終わってしまう…
そんな気がして私はゆっくりゆっくりカップに口をつけた。

あともう少しで飲み干してしまう…
そう思った時、うっかり手を滑らせて私はカップに残っていたコーヒーを溢してしまった。
「あっ…」と慌てる私を見て、彼は「大丈夫?」とハンカチを取り出すと私の胸元のコーヒーの染みを押さえようとした。

胸元に伸びる彼の手に動揺して「あっ…」と再び声を上げる私。
その声に顔を上げた彼と目が合った。
慌てて逸らそうとしても逸らす事が出来ない。
そのまま見つめ合い私は彼の瞳に吸い込まれていく…
そっと彼の左手が私の頬に添えられる。
突然のキスだった。

聞こえてくるのは雨音と私の心臓の音だけ。
そっと優しく触れただけのキスはあっという間に終わってしまった。

唇を離すと彼はハンドルに顎を載せ黙って前を見つめている。
その顔はどこか悲しそうだった。
彼は顔を上げ、私を見るといつもと同じ調子で「そろそろ帰ろっか?」と一言だけ言いエンジンをかけて今来た道を戻り始めた。

私は混乱していた。
あれは何だったんだろう?
もしかして私の見た夢?
そう思うくらい彼はいつもと同じ調子で「帰ろうか?」と言った。
あのキスについて説明したりもしない。
そして私からも聞けない。

結局、お互い一言も話さないまま私のマンションの前に着いた。
彼はマンションの前で私を車から下ろすと、いつもと変わらぬ優しい笑顔で「おやすみ、またね」そう告げて帰っていった。

部屋で1人になり考える。
何だったんだろうあのキス?
思い出しながら指先でそっと唇に触れる。
蘇ってくるのは、頬にそっと優しく添えられた彼の手、長い指。
そして彼の悲しそうな横顔。

何だったんだろうあのキス?
寂しかっただけ?
それだけだったら…
いや、それだけだったとしても謝られてしまったらきっと泣いてしまう。

ギリギリのラインで保ってきたつもりの友達以上恋人未満の関係も終わってしまう。

もう一度だけでいい確かめたい…
彼の唇の感触。
あの夜からずっと連絡を待つ日々。
彼の事しか考えられない。
携帯に連絡はまだ来ない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?