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日本初?電子契約で夫婦財産契約(婚前契約)と登記をやってみた。

 弊社(リーガルスクリプト)役員が結婚する運びとなりましたので、その時結んだ夫婦財産契約についてのお話です。

 ※なお、本稿の内容は、あくまで当事者へのインタビューをベースに作成しており、法律的な見解の正確性や、正式な実務慣行との整合性、契約の有効性等を保証するものではありません(法律的な見解で争いもある部分もあり、法律の条文のほかに裁判所の解釈や税務上の論点なども考慮にいれることも重要です)。
 法的な正確さは二の次として、あくまでエンジニア出身経営者の奮闘記としてお楽しみいただければ幸いです。
 夫婦財産契約や電子契約などを検討しておられる方やこれらについての正確な情報を知りたい方は、法律の専門家(弁護士)に相談することをおすすめします。

①夫婦財産契約とは

民法755条(夫婦の財産関係)
夫婦が、婚姻の届出前に、その財産について別段の契約をしなかったときは、その財産関係は、次款〔筆者註:民法760から762条〕に定めるところによる。

 夫婦の財産関係は、婚姻(結婚)前に何も取り決めをしないと、デフォルトのルールとして民法(契約や家族などについての法律)のルールが適用されます。
 なので、民法のルールとは違った財産関係で夫婦をやっていきたい場合は夫婦財産契約でルールを作る必要があります。
 また、この財産関係についてのルールは結婚後に設定したり変更したりすることが原則としてできないようなので、基本的に婚姻届を出す前に契約をする必要があります。
 婚前契約や結婚契約と称する契約の中には、財産関係以外に、家事の分担や夫婦生活の決まり事などを決める場合もあるようですが、財産関係と関係ない部分については特別に規定があるわけではないので、話し合いの上で、適宜内容をアップデートしたりすることもできる可能性はあります。
 ただし、正常に夫婦関係を継続している限り、原則として、少なくとも結婚中にした契約については一方的に取り消すことができるとされているので、一応注意が必要です。

民法754条(夫婦間の契約の取消権)
夫婦間でした契約は、婚姻中、いつでも、夫婦の一方からこれを取り消すことができる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

②どうやって契約するのか

 契約といえば紙の契約書とハンコを思い浮かべる方も多いかと思います。
 「ペーパレス」や「脱ハンコ」が最近の流行りですが、そこのところはどうなっているのでしょうか。

民法522条(契約の成立と方式)
1.(略)
2.契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない

 契約(民法)の世界では、「契約の自由の原則」という基本原則があり、その中の「契約の方式の自由」を定めた法律の条文が上記の民法522条2項です。
 つまり、法令で決められた特別なタイプの契約(ex.定期借地契約など紙の書面で契約をすることを義務付けられた契約)以外の契約は、原則として自由な方法で契約することができるということです。
 なので、上記の例外的な契約を除けば、極端な話、口頭や動画撮影などの方法でも契約は成立することになるはずです。
 ただし、いくら自由と言っても、ある程度客観的な契約締結の証拠としてのアウトプットがないと、後日契約の有無や内容についてモメた時に水掛け論になりかねないので、そこら辺は考慮に入れる必要があると思います。
 そこで、今回はせっかくなので時流?に乗って電子契約での契約に挑戦してみることにしました。

③契約書の作成

 早速契約書を作成していきますが、特に重要なのは夫婦の財産関係についての部分です。
 民法デフォルトの財産関係のルールからカスタマイズする部分としては、婚姻費用の分担、日常家事債務の連帯責任、夫婦間における財産の帰属に関する部分等が挙げられます。
 詳しくは割愛しますが、会社経営者(兼主要株主)にとっては、株式に関する権利関係は死活問題ですので、特に夫婦間における財産の帰属についての部分のカスタマイズはマストかと思われます。
 特に保有する自社の株式に関する権利については、間違いなく特有財産(原則として離婚後の財産分与の対象とならない財産)となる方向で設計する必要があります。
 また、これらの特有財産を他の財産とごちゃ混ぜにしたりしないように、結婚後もしっかりと財産管理の運用を徹底しておくことも必要です。
 他に注意点としては、あまりにも不公平な内容や無茶な内容にしてしまうと、後からこの件について裁判になったときに、裁判所から無効にされてしまうことも場合によってはあるようなので、裁判所目線でも収まりがいいような、ある程度公平な内容になるように心がけることも大切なようです。

民法762条(夫婦間における財産の帰属)
1.夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。
2.夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する。
民法768条(財産分与)
1.協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。
2.(略)
3.(略)
民法90条(公序良俗)
公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

 この辺りの話については、弁護士の角田進二先生が精緻に検討されたnote記事がありましたので、非常に参考になりました!

④いざ、電子契約

 一口に電子契約と言っても色々なパターンがあります。当事者間でマイナンバーカードを準備してマイナンバーカードの電子証明書を利用してオンプレで署名を付与することもできそうですが、今回は弊社の株主でもある弁護士ドットコム株式会社が提供するクラウド電子契約サービスのクラウドサインで契約締結することにしました。

 こちらは、電子契約クラウドサービスを提供する事業者(弁護士ドットコム社)が契約の立会人のような立場となり、書類の作成者(契約の当事者)が立会人に指図(指示)して作成者を記録した事業者の署名を付与する方式の電子契約です。
 こちらは、マイナンバーカードなどを準備することなく、メールアドレスがあれば利用できるタイプの電子契約のため、使い勝手が非常によく普及しています。
 このタイプの電子契約を採用するクラウドサインは、商業登記(会社関係の登記申請)でも利用することができるようです。
  クラウドサインの素晴らしいUXのおかげで、とても簡単に契約締結ができました。

⑤夫婦財産契約登記

民法756条(夫婦財産契約の対抗要件)
夫婦が法定財産制と異なる契約をしたときは、婚姻の届出までにその登記をしなければ、これを夫婦の承継人及び第三者に対抗することができない。

 無事契約の締結が終わったら、次は夫婦財産契約を登記します。上記にもある通り、夫婦財産契約は登記することでこの内容を夫婦の承継人(夫婦の相続人など)や第三者に対抗(主張)することができるようになります。
 婚姻届を出す前までに登記しないと、夫婦間で契約が有効でも、これらの人に対して権利を主張することができなくなる可能性があるために登記もしておくほうがベターかと思われます。
 登記の申請書に記載する登記事項は①当事者の氏名・住所、②登記の目的、③登記原因とその日付、④夫婦財産契約の内容となります。
 ②については「夫婦財産契約の設定」、③の登記原因については「令和○年○月○日夫婦財産契約設定」と書いておけばOKでした。また、④については、不動産登記のようにカッチリと決まった形式のものがあるわけではなく、夫婦財産契約書の内容をベースに、登記する部分を記載することとなっています。

夫婦財産契約登記規則6条(登記事項)
夫婦財産契約に関する登記の登記事項は、次のとおりとする。
一 各契約者の氏名及び住所
二 登記の目的
三 登記原因及びその日付
四 夫婦財産契約の内容

 あとは、添付書面として、①夫婦財産契約書、②住民票の写しなど住所を証明するもの、③戸籍謄本などまだ婚姻届を出していないことを証明するものと④印鑑証明書を準備します。
 必要な添付書面に関するルールは、いろんな法律も絡み合ってて把握に少し時間がかかりました。。。

夫婦財産契約登記規則8条(添付情報
夫婦財産契約に関する登記の申請をする場合には、次に掲げる情報をその申請情報と併せて登記所に提供しなければならない。
一 (略)
二 〔筆者註:外国法人の登記及び夫婦財産契約の登記に関する法律〕第七条第二項の規定により提供しなければならない情報(以下略)〔筆者註:①夫婦財産契約書など〕
三 夫婦財産契約の設定の登記を申請するときは、次に掲げる情報
 イ 各契約者の住所を証する情報〔筆者註:②住民票の写しなど〕
 ロ 各契約者が婚姻の届出をしていないことを証する情報(以下略)〔筆者註:③戸籍謄本など〕

夫婦財産契約登記規則11条(準用)
不動産登記令(中略)第十六条第一項から第三項まで(中略)の規定は、夫婦財産契約に関する登記について準用する。〔筆者註:④印鑑証明書〕
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外国法人の登記及び夫婦財産契約の登記に関する法律7条(共同申請)
1 (略)
2 前項の登記〔筆者註:夫婦財産契約登記〕を申請する場合には、(中略)夫婦財産契約をしたことを証する情報〔筆者註:①夫婦財産契約書など〕(中略)を提供しなければならない。

不動産登記令16条(申請情報を記載した書面への記名押印等)
1.(略)
2.前項の場合〔筆者註:申請書に押印する場合〕において、申請情報を記載した書面には、(中略)印鑑に関する証明書〔筆者註:④印鑑証明書〕(中略)を添付しなければならない。
3.(略)
4.(略)
5.(略)

⑥オンライン登記申請を試みるも・・・

 せっかく夫婦財産契約を電子契約で締結したので、登記の申請もオンラインで挑戦すべく法務省提供の「申請用総合ソフト」(登記申請をオンラインで行うためのソフト)で申請様式を探してみるものの夫婦財産契約登記が見つからず断念。おそらく非対応?のようです。

 残念ですが、今回は登記の申請に関しては完全に「ペーパレス」や「ハンコレス」とはいかず、紙とハンコを使ったオフラインでの登記申請となりました。
 とはいえ、夫婦財産契約自体は電子データ(クラウドサインの署名付きPDFファイル)として存在しているわけで、これをどのようにして添付書類として提供するか悩ましいところです。
 そこで、法務局に相談したところ、電子契約での夫婦財産契約登記は前例がなく、ハンコで押印した夫婦財産契約書を添付してくださいとの回答。。。

 流石に登記の申請書だけでなく、大元の契約書まで紙ベースのモノを準備してしまうと、せっかくの電子契約の意味が薄れてしまいそうな気がしたので、ダメモトで下記の文書で少しだけ食い下がって見ることに。

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 こちらは法務局を運営する法務省のページにあった『押印についてのQ&A』という文書で、民間における押印慣行の見直しを取組みを推進するために出された文書のようです。夫婦財産契約については、民間の契約で、押印を義務付けたルールも見当たらなかったので、前述の民法522条2項の通り紙の書面や押印は不要ではないかとボソッと訊いてみたところ。。。
 クラウドサインで電子契約したファイルをCD-R(間違ってCD-RWとかで提出するとやり直しになるので注意!←やらかした)に記録して提出してもらえればOKということでした。
(最後まで担当の方はハンコ押して欲しそうでしたが、すいません。。。)

 ということで、夫婦(予定者)揃って管轄の法務局(夫婦のうち名字を変えない方の人の住所を管轄する法務局)に出向いて登記を申請。クラウドサインでした電子契約もちゃんと受理され、一安心。
 ちなみに、登記の手数料(登録免許税)は18,000円でした(収入印紙で納付)。

外国法人の登記及び夫婦財産契約の登記に関する法律7条(共同申請)
1 夫婦財産契約に関する登記の申請は、(中略)当該夫婦財産契約の当事者の双方が共同してしなければならない。
2 (略)
外国法人の登記及び夫婦財産契約の登記に関する法律5条 (夫婦財産契約の登記の事務をつかさどる登記所
 夫婦財産契約の登記の事務は、夫婦となるべき者が夫の氏を称するときは夫となるべき者妻の氏を称するときは妻となるべき者の住所地を管轄する法務局等が、登記所としてつかさどる。
2 (略)
3 (略)
4 (略)
登録免許税法別表第1
三十一 夫婦財産契約の登記
(一) 民法(明治二十九年法律第八十九号)第七百五十六条(夫婦財産契約の対抗要件)の登記 申請件数 一件につき一万八千円
(二) (略)
(三) (略)

⑦無事登記完了!

 後日、法務局から登記が完了したとの連絡。
 早速登記簿を申請してみるとこんな感じ。

画像2

 会社や不動産の登記簿謄本(履歴事項全部証明書)のような今風の様式ではなく、縦書きでThe登記簿って感じの昔ながらのスタイルでした。

⑧まとめ

 夫婦財産契約登記は、なぜかまだまだ前例が少なく(調べてみると、令和元年はたった16件!)、年間約60万組のカップルが結婚することを考えると、普及している制度とはいえないため情報を集めるのが大変でした。
 おそらく、知る人ぞ知る系の超レアな制度?なので、この制度の認知自体がほとんどない(あと、お役所的UIに慣れてないと結構めんどくさい)ため、活用を検討することなく結婚される方が多いのかなと思いました(一方で、特にアメリカでは"Prenup"(Prenuptial agreement)として、これに似た契約が割とよく知られているようです)。
 とはいえ、特に会社をオーナーとして経営されている方で、結婚を予定されている方にとっては、経営上のリスク管理や資産の保全の観点からも充分検討する価値のある契約かと思い、一人でも多くの人にこの制度を知ってもらうことを目的に、簡単にnoteにまとめた次第です。
 もしかしたら、近い将来認知が高まってこれば、株主間契約くらいのカジュアルさで夫婦財産契約が行われる時代もやってくるのかもしれません。

 また、ビジネス上の契約だけではなく、夫婦財産契約のような家族法の分野でもクラウドサインのようなリーガルテックの活用の可能性を感じることができ、個人的には大変興味深かったです。

 冒頭の繰り返しになりますが、本稿の内容はあくまでエンジニア経営者個人の経験談にすぎず、ソースとなる法律などはできるだけお示ししたつもりですが、内容の正しさや契約や手続きの有効性、法律実務との整合性などは、もちろん保証することはできません。
 大切な契約ですので、夫婦財産契約等をご検討される方は、ぜひ専門家にご相談ください。

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