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無知の幸(さち) 知らないことが、幸せ。

「携帯料金が安くなるらしいよ!」

そう声を掛けてきたのは、大学時代の友達、綾香(仮名)だった。
綾香は地方出身。都内の大学に進学することになり、上京してきた。そして、今も都内で働いている。

綾香とはサークルが同じだった。インカレサークルだから、違う大学の人と仲良くなれたのは今でも財産だし、綾香は平均的な女子より可愛いし巨乳。相談することもあればされることもある、そんな関係。
少し残念なことがあるといえば、あまり頭が良くない。もちろん、人には色々な能力や価値尺度があり、学歴(学力)なんてそれらの一基準に過ぎない。弱冠にして社会に出た若造が言うのも生意気かもしれないが、世の中には「生きていく上で必要な知恵」があると思う。綾香はちょっとそれが足りない。


携帯が安くなる、なんて話を持ちかけてくるもんだから、ちょっと丁寧に聞いてあげようと思った。私は、友人に携帯乞食をやっている話は一切していない。だから綾香も、私がまさか携帯に詳しいとは思っていないだろう。本家の携帯乞食には敵わないが、人並みには知っているほうだと思う。


Instagramがきっかけだったらしい。綾香が好きなインスタグラマーさんが、ストーリーに

iPhone12に変えたのに、料金が3000円も安くなりました!

なんて投稿していたらしい。こんな感じ。

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「最新機種に変えて、料金変わらないって最高じゃん?人数多いと安くなるらしいから、🍎太郎も契約しない?」


その目は、なけなしの10円玉を握りしめ、駄菓子を買いにくる幼な子のような綺麗な目だった。

目を覚ましてあげたほうがいいのかなー



世の中には2種類の人間がいる。搾取する側とされる側。厳密な定義はさておき、自分で調べることを怠り、起こりもしない又は起こる可能性、期待値が極めて低い事項に不安になり、その解消を人に委ねる人は、間違いなく搾取「される」側。

俺は綾香には何度もお世話になった。元カノと別れた後、巨乳でエッチな先輩を紹介してくれたのも綾香だし、初めて六本木のクラブに連れてってくれたのも綾香だった。大学入学したばかりの、ダサくて芋だったファッションと肉体を正面からdisり、「そんなんだから童貞なんだよ」ってストレートに言うのも綾香が初めてだった。

綾香には恩があった。いや、相手は微塵も感じていないが、少なからず自分はその恩を感じていた。それは綾香が巨乳だからとか、ビッチだからとかそういうのではなく、悪い意味で「安くなります」なんてのを鵜呑みにしてしまう純粋無垢なその性格所以だろう。




🍎「料金が安くなるって、それっていくらくらい」

綾香「わからないけど、なんか安くなるらしい!」

知らないって、幸せなのかも。綾香の脳内は多分、お花畑。安く持てる知らない世界線が、インスタのストーリーにあると思っているのかもしれない。でもそんな世界はない。現実は酷だ。知らないことは、マクロな視点で見たらそれはとても不幸だ。
携帯料金を安くしてくれる人と来週会うということだったから、僕はそこに同行してあげることにした。無給だ。




指定されたカフェは、サン○クカフェだった。マルチの巣窟で詐欺師御用達のお店だ。ちなみに、コーヒーチェーンでこのブランドは、アイスコーヒー(s)が最安値だ。

「初めまして!モバイルプランナーのタカハシと申します!」

若干似合わない背広を着たタカハシは、大学3年生だった。

「綾香の友人の🍎太郎です。携帯が安くなるってことで、僕も一緒に変えられればなって思って話だけでも聞こうと思ってきました。よろしくお願いしますね」

この日のためだけに、普段使っているiPhone12 Pro Max 512GBをバックの底に眠らせ、サブ端末のiPhone8を持ってきたなんて誰にも言えない。このモバイルプランナーを論破すべく、旧料金プランを全て頭に叩き込んできた。昔は違約金とかそういうのがあったからだ。

タカハシはすぐに契約の話をしだすかと思えば、雑談から始まった。

「綾香さんは、今は社会人でしたっけ?」

綾香はIT系のスタートアップでOLをしている。人と話すのが得意なほうだから、配属で営業になった。自社製品の売り込みとかをしているらしい。

「ITのベンチャーで働かれているんですか!すごいですね!」

タカハシが褒め出した。まあ、ダメな会社で働いてますね、なんて行ったらコーヒーぶっかけられるだろうから、無難なやりとりだった。すると、次の瞬間タカハシの口から驚きの発言が出た。

「今、僕は21なんですけど、将来起業したいと思ってるんですよ」

急に意識高い系(他界系)になったな。どうしたと思うも、タカハシの話は止まらない。

「今21歳で大学3年じゃないですか。大学生活が残り2年なんですよ。学生って時間もあるし、色々自由じゃないですか。いろんな人に会いたいんですよね。俺。いろんな人と会って、人脈作りがしたくて。その結果、たまたま商材がスマホだったんですけど、ぶっちゃけスマホなんかどうでもよくて、いろんな人とお話ししたいんです。
普通、21の学生が30歳とか、🍎太郎さんみたいな人と会う機会なんかないじゃないですか。だから俺、こういう出会いを大切にしてるんです。そういうのもあって、僕の場合は【担当制】にさせていただいているんです。契約後も自分がこの仕事を辞めるまではサポートしようって。これも何かの縁ですし。」


俺が嫌いな言葉の1つに人脈っていう言葉がある。人脈っていう言葉を使う人はあまり好きじゃない。それは、相手を利用して何かしてやろうという、自分ファーストな感覚をどこか感じてしまうからだ。


「すごい!私より若いからこれからなんでもできますよ!頑張って!」

綾香はどこまでも優しい。その優しさに漬け込んで、ゴミ商材を売りつけようとするタカハシ、俺はお前が大っ嫌いだ。


一通りの雑談に区切りがつき、いよいよ料金プランの話になっていった。

「綾香さんの料金プランを見させていただいたんですが、結論から言うとSoftbankがおすすめです!」

徐にタカハシはSoftbankを勧めてきた。Softbankは50GB使い放題ということ、そして端末が半額で持てるオプションがあるということ。この2点がイチオシポイントらしい。

こんな表も見せられた。(画像は違うものです)

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「iPhoneって、アップルストアで買うか、大手で買うかのどっちかなんですよ。ただ、アップルストアで買うと高くなるんですね。」

タカハシの営業が始まった。

「あとは、ビックカメラとかでもSIMフリーが買えるんですが、Apple製品って値引きが一切ないので結局高くなるんですよ。」


既にこの時点で、タカハシは「一部正しい」話しかしていない。「完全に正しい」話ではない。
キャリアが発売するiPhoneはアップルストアより定価を高く設定しているから、定価で1番安いのは本家Appleだし、ビックカメラで値引きがなくても、少なくともSoftbankの定価よりかは安い。静かに、そしてさりげなく、論破を始める準備をした。

🍎太郎「楽天モバイルとかでiPhone買うのとかどうなんですか?」

タカハシ「楽天モバイルでiPhoneは買えないんですよ」



タカハシ「楽天モバイルでiPhoneは買えないんですよ」


「あなたの感想ですか?」って言いたくなった。こいつは、楽天がiPhoneの取り扱いを開始したニュースを知らないのか、それとも嘘を付いているのか。

楽天モバイルは、4月30日からApple製品の取り扱いを開始した。これはTVでもニュースになったし、携帯業界に勤めている人であれば最低限知っておかなければいけない時事ネタだろう。


🍎太郎「auとかdocomoとかの見積りはありますか?」

タカハシ「僕が調べた限りですと、結局auやdocomoは高いです。Softbankが1番安いです。トクするサポート+に入ると、2年後に支払いが免除されて実質半額なんです」


彼が詐欺師ではなく、無知な営業マンであると信じたい。

トクするサポート+に加入すると実質半額という説明は極めて不適切だ。トクするサポート+は実質リースのような扱いで、2年後に端末の返却が必要だ。実質半額で「レンタル」しているようなものであって、実質半額という表現は優良誤認だろう。

タカハシの話は続く。

「私のお客さんで楽天モバイルを使っている人は多いですが、iPhoneを取り扱いしていないので、一旦Softbankで買ってもらって、その後楽天に乗り換える人が多いです」

「50GBも使わないっていう人は、Softbank契約後にYmobileとかLINEMOとかに入るのを勧めてるんです。端末はSoftbankでしか買えないので」

タカハシの(一部正しい)話はまだまだ続く。

「ahamoとかはiPhone買えないんですよ。結局、au, docomo, Softbankで買うしかなくて。」

「今はどこも法律で値引き上限が決まってて、どこで買っても同じなんですが、ショップだと頭金っていうのを取られるんですよ」

「ショップだと待ち時間がありますし、使い方のサポートとかしてくれないんですよね。」


流暢に喋るタカハシの口から出るその言葉の大半は、「一部が正しい」話と「一部が誤り」の話が混載していた。本当にこんな勧誘をするアホがいるのか…これ、ショップでやったら電気通信事業法改正後の消費者保護ルールに違反しているってクレームが入ってもおかしくない案件だ。8日間キャンセルが出てもおかしくないぞ。


タカハシを詐欺師ではなく無知の営業マンと見なしておくなら、こんな話に乗ってしまう綾香が1番問題だ。自分で調べることもせず、こんな詐欺まがいの話を聞いてしまうのだから。現実的に、法的な観点からすれば「詐欺」には当たらないだろう。詐欺罪の構成要件には到底当てはまらないし、相手も営業だと思い込んでいる。営業する側も、される側も、みんな無知だ。インスタのストーリーで見た、「携帯料金が安くなる」桃源郷はここにあった。ちょっと感動した。




夢はいつか必ず覚める。いや、覚ましてもらわないと困る。綾香には多少たりとも、この話は決してウマい話ではなく、マズい話だと気づいて貰いたかった。僕は静かに、穏やかに、笑顔で、論破を始めた。

「今調べたんですけれど、楽天モバイルでもiPhone12買えるみたいですよ!しかもどこよりも安いっぽいです。タカハシさん、これはどうなんでしょう?」

「トクするサポート+って、2年後端末を返さないといけないと思うんですが、私は端末取っておきたいんですよ。その場合はどうなりますか?」

「下取りに出すのは考えてなくて、今使っている端末もこのまま使いたいと思っています」

「YmobileでもiPhone12が買えるらしいんですが、なぜSoftankを勧めるんですかね、どこか違うポイントってあるんでしょうか」

徐々にタカハシの顔が暗くなり、そして言葉に詰まり始めた。

「法定上限の値引きって、22,000円だと思うんですけど、近くのショップだとその値引きが入るんですが、タカハシさんの場合は入りませんか?」


タカハシの態度がだんだん悪くなっていった。そりゃそうだ。僕に携帯料金を案内したい店員なんていない。店員が求めるのは、無知で情弱で調べるのを面倒臭がり、ハンコを黙って押してくれる人

「安いって謳ってますけれど、オンラインショップで契約した方が安くないですか?」

タカハシは、興奮気味に言い返してきた。「それって、あなたの感想ですよね?」



「それって、あなたの感想ですよね?」


「結局、あなたは契約する気あるんですか?僕らはこの値段でやらせてもらってます。冷やかしなら迷惑なんで、退席してもらえません?」

この値段でやらせてもらってます。一昔前、YouTuberがやってた「ぼったくりバーを成敗してみた」的な動画でよく聞くセリフだ。「うちらはこの値段でやらせてもらっている」


確かにそうだ。タカハシは僕らに定価でiPhoneを売りつけようとしている。それは紛れもない事実だ。


だけど、だけどさ。タカハシ君。

会社の方針なのかどうか知らんけど、大手3社の見積もりは出せるかもしれないが、実際はSoftbank特約店だからSoftbankの契約しか取次できないことを隠すようなこととか、
実質リースを半額になるって表現してみたりとか
毎月の携帯料金が〇〇円安くなるって、総合的に見たら客観的な数字上からも安くならないのにそう表現したりするの


それはどうなんだ?


モバイルプランナーがInstagramで活躍するには理由がある。それは、Instagramは拡散性が弱い。TwitterではRT機能あるから、広まる時はあっという間に広まるけれど、InstagramにRT機能はない。リポスト機能はあるが、自分の身内に留まるだけだし、キーワード検索もInstagramではできない。

その性質を逆手に取り、あたかも料金が安くなるように表現して客を寄せ集めるのはどうなんだろう。



この商売自体を否定するつもりは全くない。彼らが行っているのは(僕からすればギリギリ)正当な営業活動の一環であり、携帯電話を販売するという立派な商売だ。
だけど、今回は相手が悪かった。なぁ、タカハシ。ガラケー見せるからiPhone12全部タダにしてくれよ。そしたら10台でも20台でも契約してやるからさ。どうだ?いい条件だろ?





僕らは携帯を契約することなく店を出た。2時間近くもタカハシの茶番劇に付き合うのは少し大変だった。多分、メルカリで50商品くらい出品できたんじゃないだろうか。

「🍎って、そんなに携帯詳しかったっけ?てか知ってるなら教えてよ!」


商売には信義則ってのがあると思う。 権利の行使および義務の履行は、信義に従い誠実に行なわなければならないとする原則だ。民法で規定されているけれど、人として当たり前のことなんじゃないかな。


タダ働きはしない。僕のポリシーだけれども、今日だけは破った。お金より大切なものがある。信用と信頼だ。綾香は勉強は不得意かもしれないけれど、新宿でコスパのいいラブホとか、六本木の高そうで安いバーとか、ちょっとした人生の楽しみを教えてくれた。赤っ恥かいたこともあったけど、それはお金で買うことができない大切な思い出だった。




綾香にはマイグレで0円iPhoneを渡すことにした。そして、楽天モバイルも契約させて、電話代は0円にする方法も教えた。esim契約で、楽天のデータ通信は常にOFFにさせて、1GBを超えないように設定もした。

見返りは求めない主義だけど、今回だけはこっそりえっちな巨乳美女を紹介してくれって頼んでおいた。




夕焼けが綺麗な丸の内は、仕事を終え帰宅するサラリーマンで少し賑やかだった。

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