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落武者ギタリストが脳出血になりましたが、何か?㊳自転車なんて言う?②

ケッタマシーンの続きですが、方言が抜けないんです。
抜く気もなかったので、東京に出てきて23年、岐阜弁丸出しですね。

イントネーションが違ったり、大阪弁っぽいけども、違う。

名古屋弁と大阪弁が混ざった感じが岐阜弁っぽいともTVかなんかで見だ時に、あー、たしかに!とおもいました。

小学生の時、名古屋のど真ん中にも5年くらい住んでまして、名古屋弁もばっちりなので、
岐阜弁に名古屋弁のバイリンガルですはい。

東京にきてすぐに、バイト先で、
あの、今日風邪ひいてえらすぎるので帰っていいですか?
と申告すると、
え?なんで?風邪ひく人は偉いの?と言われ、意味がわからなかったことがありまして、
まあ、方言というのがお互い理解できたところで帰宅できましたが、
いくつか話が通じない事はありましたね。

バイト先で、接客中、お客様に、こちらでよろしかったですか?と、ずっと言っていたら店長に、その言い方はおかしいのでやめろと。
どこがおかしいのかもよくわからなかったんですが、あれは方言なんですかね?なんの違和感もなかったんですが、あれは何やったんでしょ?

謎。
バミューダトライアングルくらい謎

まあ、そんなこんなで四年ほど、岐阜弁も止める事なくバイト生活、その間のライブももちろん岐阜弁丸出しスタイル。

で、音楽事務所に所属したら今度はなんと、

岐阜弁丸出し推奨。
CDの歌詞は全部岐阜弁。
いやはや面白いもんですね、アルバイト先ではちゃんと喋ろと、
音楽事務所では岐阜弁丸出し。

変な街だわ全く!とも思いませんでしたね。

とは言っても、通じなかった言葉はいくつかあり、社長判断ではじかれた単語はありましたね。
いや、仕方ないそれは。逆に良い物になっていくので全く問題なかったのですが、あれもこれも通じない言葉って多いんだなぁと痛感しました。

そうそう、
方言とはまたズレますが、CDアルバムを制作中、毎日毎日、事務所に通い、社長とミーティングし、帰って、デモ作って、また次の日持っていって。

まあ、よくある話ですね、睡眠時間なんて仮眠のみ。
よーやってだなとも思いますが、まあ、そんなくらいは余裕余裕。

そんな中、歌詞を書く事が昔から苦手でして、社長とあれこれ書いていく中、使ってはいけない言葉ってやっぱりあるんですよ。

もちろん、変な言葉や汚い言葉は使用せず、面白おかしい事を題材にし、曲を作っていく中、
新しい歌詞を持っていった時、社長にブチ切れられた事が一度ありまして、

「こんな事なんで書くんだ!絶対ダメだろこんなもの!」
というのをもうあれやこれや10分近くずーっとノンストップで怒られまくって、あー、こりゃ参ったなと。

何かと言うと、
歌詞の一節で、

色弱の僕にはわからーん!

って歌詞を書いていたんですね。
いや、自分が色弱で、ピンクと白が同じに見えるし、黒いTシャツ買って喜んでたら、深緑やったりと、そんな体験が沢山あったので歌にしたらおもろいなあと。

で、社長にカチ切れられると。
社長がひとしきり起こり倒した後、僕が一言、いや、自分の体験を書いただけだったのですが、なんかすいません。と言ったら、
社長が、
「え?あ、え?伸太郎、お前、色弱で、え?あ、そそうなののか?」
と。
ネタで書いたと思ってたんでしょうね。
そこから社長テンパっちゃって、ちょっと面白かったですね。
いや、自分は色弱がこんなにも重く考えられる事柄なんやなと、よく思い知らされました。

僕は昔からなんとも思ってなかったんですが、社長は昔ながらの人なので、気にしまくってくれてるのか、色弱の人間にであった事がないらしく、その日は、180度怒りの社長から仏の社長に変わり、これは何色に見えるの?白黒しかわからないの?

などなど、いや、白黒ちゃいますし、あなたの方が色眼鏡でみてますやん。(上手い事書いた。)
とも思いながら、最終的には物凄い優しく、まあ、この歌詞はな、やめとこう、な、な!新しいのまた書いてこいな、なな!
と言う感じで終わり、いつも終電で帰宅ぐらいでしたが、その日むっちゃ早く帰れたのでなんか僕はおもろい一日でした。社長はむちゃくちゃ疲れた一日でしたでしょうね。

と言う事で、言葉は今だに難しいなと思いました。

まだまだ続く!

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