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20年くらい前になりますが、ハローワークで、「エンジニアの仕事を紹介します」と声をかけられました。仕事を探しにハローワークに来ているのに、ハローワークの職員ではなさそうな人が仕事を紹介してくれるというのです。一体どういうことでしょうか。

ハローワークは、「仕事を求めている人」を求める人も来る

当時、私は職探しは、「職安(ハローワーク)」でやるという固定観念があり、自宅近所のハローワークで、仕事を探しておりました。人材募集案件を仕事別に分かれているファイルを見て、気になる仕事があれば、受付カウンターに申請するという応募方法でした。

私は、プログラマーなどのシステムエンジニア系のファイルを見ていました。特に気になる仕事もなく、帰ろうとした時、スーツ姿の男性に声をかけられました。

私に声をかけてきた男性は、派遣会社の社長さんでした。

「システム開発の仕事をお探しですか」とその男性は聞いてきます。

「ええ、まぁ」と適当に返事をすると

「私は、開発関連専門の派遣会社を経営しています。」と名刺を渡してきました。

「お仕事を紹介できるかもしれません。我が社に登録してみませんか」というお話でした。

男性は、ハローワークで自社に派遣登録していただけるエンジニアを探していると言っていました。当時の派遣社員の仕事探しは、インターネットでの募集が始まったばかりでした。派遣会社に登録して紹介してくれる仕事の連絡を待つという方法が一般的でした。その派遣会社の社長は、自分の目で見て「これはいける」と思う人材に声を掛けていたと言っていました。

私とその男性は、ハローワークのソファーで、仕事の案件について話しました。私は、いつでも人材募集に応募できるように履歴書を持参しておりましたので、それを渡し、経験のあるプログラミング言語やキャリアについて話ました。

仕事の紹介は無かった

会ったばかりの見知らぬ人に、自分の個人情報(履歴書)を渡すなんて、今ではとんでもなく危険なことです。ですが、自分の好奇心も手伝って履歴書を渡し、派遣の仕事を探してきてもらうことにしました。

その後、私の携帯電話に2回電話があり、「スキルに合う仕事はまだ見つからない」と言われました。そして、その男性からの電話はなくなりました。

当時、転職雑誌への人材募集の記事は、小さいものでも10万円以上していました。広告代の予算がない会社は、友人やコネクションを使って派遣登録者を増やしていました。即戦力のエンジニアは、昭和・平成・令和と元号が変わっても、人材不足は同じです。エンジニアを派遣する仕事は俗に言う「おいしい仕事」なのでした。

30年前は、保険の営業

私が、最初にハローワークに行ったのは、平成3年頃です。その当時、ハローワークで仕事を探していると、「保険の営業をやりませんか?」とよく声を掛けられました。ハローワークで人材を探す方法は、昭和の頃からよくあることだったのです。

まとめ

現在は、派遣社員として働く場合は、まずインターネットで登録→派遣会社からの紹介→派遣契約という流れです。新卒から派遣で働いたり、派遣社員から直接雇用に変わるなど、働く形態はいろいろです。ハローワークの募集案件もインターネットで閲覧できます。ハローワークで声掛けして、人材を集めるような怪しい人集めも、もう見ることはありません。

ハローワークでの声掛け人材集めは、現在なら、SNSでダイレクトメッセージ、スカイプやZoomで面接というところでしょうか。ついでに、仕事もリモートワークなら、転職雑誌も廃刊になるわけです。

私は、ハローワークで募集案件を見るためにたくさんの人が集まっていた時代を憶えています。今では、求職者のほとんどがスマホのユーザーで、募集案件のファイルを順番で見るなんてことはないですよね。

サポートしていただけたら、とっても嬉しいです。昭和の文化をとことん、語ってみたいと思います。昭和のOL仕事についてお知りになりたいことがあれば、コメント下さい。noteでお答えいたします。