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私は昭和の終わり頃に、営業事務として商社で働いていました。そのころの仕事術で昭和と令和との違いを書いています。

今日が9月11日ということで2001年9月11日に、アメリカのアトランタにあるフェアーフィールド国際空港にいたときの話を書きます。

これも、だいぶん記憶が薄れてきて、忘れてしまいそうなのでここに記録しておきます。現在の会社の仲間に、その頃の話をしても「ふーん」で終わってしまうので、だれか読んでください。

NY州のバッファローからテキサスに旅行に行く途中のトランジットでアトランタのフェアーフィールド国際空港に着きました。飛行機を乗り換えて、離陸を待っていたら、アナウンスがあり、飛行機をおろされました。そして、出発ロビーのテレビでワールドトレードセンタービルが燃えている映像を見ました。

誰もが、テレビの映像に釘付けになりました。ボーっとテレビを見ているうちに、航空会社のスタッフが、いなくなり、店舗も閉めて店員もかってに帰っていきます。これはいけないと、レンタカー会社のカウンターに行くと、長蛇の列です。公衆電話も人が並んでいます。長距離バスのカウンターもカオスな状態です。タクシー乗り場にも、タクシーは一台もありません。

泊まるホテルもバファローに戻る手段もないので、空港で一夜を過ごすつもりでした。 私たちと同じようにどこにも行けない乗客が、けっこう空港内で残っていました。結局、赤十字のスタッフに近くのホテルを紹介され、そのホテルで2泊しました。

ホテルを紹介された経緯ですが、空港もテロの標的になりうる可能性があるので、閉鎖しなくてはならなかったこと、航空会社のスタッフ(CAやパイロット)のためのホテルの予約がキャンセルになったことで、残った乗客は路上で過ごすことはありませんでした。

アトランタはCNN(ニュース専門のケーブルテレビ局)の本社があります。CNNもテロリストの標的になっていたので、町中が厳重警戒していました。

ホテルで2泊した後に、空港が開いたというニュースをテレビで見て、急いで、空港まで行き、カウンターでバッファロー行きの便を予約してその日に自宅に帰ることができました。

この出来事で、海外旅行で一番重要な英語を憶えました。

evacuate 避難させる We should evacuate early.

名詞だと「evacuation」です。

この単語が聞こえてきたら、すぐに逃げましょう。

アトランタに滞在したのは3日間です。二日目にアトランタ市内を観光しました。コカ・コーラ博物館の展示はとてもおもしろかったことを憶えています。ほんとなら、もっとゆっくり見て回りたかったです。

サポートしていただけたら、とっても嬉しいです。昭和の文化をとことん、語ってみたいと思います。昭和のOL仕事についてお知りになりたいことがあれば、コメント下さい。noteでお答えいたします。