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読書感想文

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読んだ本の読書感想文を中心に公開しています。 あくまでも主観・雑感で、作者様の意図するところとかけ離れている場合もありますのでご了承ください。
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2020年10月の記事一覧

二十年間思い違いをしていたことについて(再考:ノルウェイの森)

 前回、J.D.サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』について思うところを書いた。  初読が同時期にあたる作品に、村上春樹氏の『ノルウェイの森』がある。  こちらの作品に関してはおよそ3〜5年に一度のペースで読んでおり、個人的には殿堂入りを果たした作品でもある。  当作品については読み返すたびに共感する人物が移ろい、自分自身の成長も伴い見えなかった一人一人の考えや思いが色を帯び、リアリティが増してくる。  奇しくも今年、冒頭のボーイング747の機内で『混乱』した主人公

アルベール・カミュ『ペスト』 感想文

施設勤めの冬は長い。特に入所やグループホームなど生活の場では、永遠に春は来ないんじゃないかと思うほどの緊迫感に、日々さらされる。 寒気が流れ出す時期になると、感染性疾患の書類が配られる。 「ワクチンを打ちなさい」 「うがい手洗い、アルコール消毒、次亜塩素酸水の準備を徹底しなさい」 「微熱があったら通所させないで」 「通所施設でインフルが流行ったらしばらく閉所し施設職員は休みます」 「グループホーム入所者はホームで安静にしていてください。いえ、隔離ではありません。隔離という

エミール・ゾラ『居酒屋』 感想文

すごい小説を知ってしまった。 19世紀の小説に、こんなにもドラマティックでリアリスティックでアルコールとすえた臭いのする世界があったのかと驚いた。  主人公のジェルヴェーズという女性は、とても真面目で、おそらく巡り合った人々の選択さえ誤らなければ、十分幸せになる器量を持った女性だったのだと思う。  少女時代から生活を共にした元夫のランチエの失踪から、共に移り住んだ街で新たに出会った、のちに夫となるクーポー。彼女は意気揚々と計画を立て、自らの店を構えるも、仕事中の怪我をきっ

チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』 感想文

 高齢者の運転による交通事故【の報道】が相次いでいる。  事故のニュースがTLに流れるたびに、待ってましたと言わんばかりに罵倒と免許証返納の言葉が飛び交う。  一昨年、祖母が更新時期を機に免許証を自主返納した。祖母は自動車免許取得が遅かった。65歳を過ぎてから猛勉強し、何度も乗り越し、試験に失敗しながら期限ギリギリに取得をすることができた。(念のため記すと最後まで無事故無違反の優良運転手)  目的は夫(亡祖父)の通院などの必要性を感じたためである。バスは数時間に一本、遠い

村上春樹『アンダーグラウンド』 感想文

本書を読むにあたり、いくつかの戸惑いがあった。 1)この分厚い本を果たして読了できるだろうか? 2)個人的な話ではあるが、私は物語にある種の追体験をしてしまう傾向にあるため、ここに記されたリアルに対して自分の心を保つことができるだろうか? 3)1)〜2)を踏まえた上で、そもそも読むこと(知ること)に意味はあるのだろうか? ということである。 1995年3月20日、私はテレビの中継で事件を知った。四半世紀近く前の記憶なので完全に一致しているとは断言できないが、「オウム」「地下

三島由紀夫『金閣寺』 感想文

高校生の頃、青い衝動に突き動かされ世に名作と呼ばれる文学作品をいくつか買い揃えた。それは『罪と罰』であり『人間失格』であり『仮面の告白』であった。 言うまでもないが、読書経験の浅い高校生にこれらを満足に読み進められるわけもなく、ページ数は少なく、文体もさほど難解でない『人間失格』を読了するのが関の山であった。  手元に『仮面の告白』を置く私を見るにつけ、父は母に「あの子は大丈夫だろうか?」と漏らしたと言う。 なにが「大丈夫」なのかは未だにわからないが、あの時、息子として