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異説 - 地球最後の告白を


少女は何を見ていたのか。


【GUMI】 地球最後の告白を 【オリジナル・PV付】

【HD】 地球最後の告白を 【GUMI】- KEMU VOXX 


『地球最後の告白を』は、kemuさんで最も好きな作品。そして様々な解釈が流布されている作品でもあります。『六兆年と一夜物語』など他作品とリンクさせる解釈が多いようですが、ここではPVも含めての作品単独で解釈してみます。kemuさんの作品群に通底する世界観も参照しません。間違ってる可能性が高いのは承知の上での、あくまで私の異説です。

(※にゃっぽんで以前に書いた記事ですが、元記事データが消えたので書き直しています)


初音ミク Wiki - 地球最後の告白を


歌詞を、初音ミクWikiで見ていきましょう。

前提として、「君」=PV中の少女と考えています。

「神様のきまぐれで"不老不死"を与えられてしまった少年が、世界が終わりを迎え人々が死に絶えた後に、手遅れになってから、ようやく好きだった少女へ告白できた」

という情景を描いている作品、までは共通の理解で良いと思います。

詩的ですが、バッドエンドととれる展開。作品中のPVでも、岬に立って海を見つめる少女が描かれていますが、夕焼けが景色を染める中でも同じように佇み、そして……少女がいなくなった後の岬へ、青空の下で紙飛行機が戻ってきます。届かなかった少年の告白――「超人の悲劇」こそ本作の眼目であるのかもしれません。

しかし歌詞を読み込んでいくと、引っ掛かる箇所があります。

次の一節です。


百年前の同じ日に君のおばあちゃんは / 同じ事を言ったんだ


何が引っ掛かるのか? 出てくる疑問点をあげてみましょう。

疑問点1

少年が「君のおばあちゃん」に出会った時は、既に不老不死であったことが分かる。なぜ少年は「君のおばあちゃん」と「君」の両方に出会っているのか。単なる偶然か、それとも意図があるのか。

疑問点2

「君」と「君のおばあちゃん」が少年に言った「同じ事」とは何でしょうか。正統派的な理解としては、すぐ次に出てくるフレーズを指しているのでしょうが……

二人とも少年が不老不死であるという境遇を知っており、少年に対して好意を持っていた相手だろうから、すぐ次の歌詞に出てくるような「少年が最後には孤独になる」などというような冷たい内容の言葉を少年に対しては言わなかったと思われます。(私の解釈では、あの歌詞は、単に事実として時の経過を示したものと考えることにします)

(まあ、実際にはこれをそのまま言っていたとしても、さほど解釈の進め方には影響しないのですが)

疑問点3

「百年前の同じ日に」。文字通りちょうど100年が経過していると考えると、「君」と「君のおばあちゃん」はそれぞれ何歳で少年に「同じ事を言った」のか

「君のおばあちゃん」とその子(=「君」の親)が、たとえば20歳でそれぞれ子をもうけたとすると、仮に「君のおばあちゃん」が15歳の時に少年にその言葉を言ったとするなら、25年後に「君」が生まれるわけだから、「君」は75歳で「同じ事」を少年に告げたことになる。

まず少年は「片思い」で告白もしていないのですから、思いに応えるような言葉を得ているはずがありません。おそらく、それは親愛の言葉だったでしょうが、表面上の年齢差を考えずとも、結ばれる等の結果につながる言葉ではなかったはずです。表面上は年齢差が少なかったはずの「君のおばあちゃん」に対しても同様です。

もう一つ、「君のおばあちゃん」に会ってたとえ好意を持ったとしても、それだけでは子孫末裔まで家系を追う理由になりません。末代まで看取っている以上、単なる偶然ではないはず。しかし自発的でもないとすれば、少年にとって大事な誰かのお願いだったからではないでしょうか。

つまり、

「君のおばあちゃん」や「君」は、少年に対して「これから先、私の子供たちを見守って仲良くしてやってほしい」とお願いした。

と私は考えます。

"不老不死"の存在である少年を受容し、彼の超越と苦悩を知ってなお多大な願いを掛けることのできる「君」や「君のおばあちゃん」とは何者でしょうか。ある種呪いで縛るような願いでもあると承知で、それでもなお頼まざるを得なかった理由があるのでしょうか。

歌詞には少女の正体を推察出来る情報はほとんどありませんが、PVの3分34秒~3分42秒あたりで、海を見つめる少女の姿全体を確認できます。左大腿部に包帯を巻き、右足首には何かをはめています。ここからはもう憶測と言うより妄想ですが、何かしら怪我を負うような出来事があったとか、足首の輪は装飾でなければ枷の名残ではないか。少女には、危険にさらされたり、一時的に幽閉されていた時期があった、などと想像できます。少女を救い出したのは、あるいは少年だったのかもしれません。

(この辺りのモチーフは『六兆年と一夜物語』と重なるため、関連させて考察する人が多いのも分かります。しかし、既に述べたように私は切り離して考えます。)

つまり少女には危険視されるような要素があった――すなわち、少年と同様に"何らかの超能力"を得ていた、とも妄想できるわけです。もしそうならば、物理的な幽閉を退ける力でもなく、傷を癒す力でもない。精神的な超能力であったのなら、例えばテレパスはどうでしょう。いや、もしそうなら少年も心を読まれることに気づくはずであり、告白にまつわる本作のテーマ自体が変化してしまいます。よってこれも違う。

少年と少女が対置されている構図で、"不老不死"という時空間を超越する超能力に比肩できる精神的超能力とは何でしょうか。岬に立ち、穏やかな視線で海の彼方を見つめる少女の姿からは、ひとつの候補が浮かび上がります。


"未来視"


少女は、未来視能力を発現する血筋だったのではないでしょうか。

時空間の超越という点からは過去視も出来たかもしれませんが、より重要なのは未来視能力の方でしょう。その能力は不安定で、望んだ時間や場所の未来が明確に見えるものではなかったかもしれません。あるいは明確どころか、はっきりしない断片的情報のみ把握できる程度の能力だったかもしれません。それでも、危険視され命を狙われたり、利用しようとされて幽閉されたりする理由には十分過ぎるほどでしょう。ありえる設定としては、自分自身(子孫も含めて)の未来については見えない能力だったかもしれませんね。それゆえ異端者同士である少年に守り人を頼んだと。

さて、何度も推論の飛躍を経て、ここまで辿りつきました。妄想にお付き合いいただくのもあと少し。


作品の終盤、PVの4分20秒以降には、巻き戻る時計の針と、ぼやけた紙飛行機を見つめる少女の絵が映ります。

世界が破滅して少年がもういない少女に告白した時点から、岬に少女が立って海を見つめていた時点まで、時間を巻き戻してみましょう。

その告白は、紙飛行機というメタファーを取って、時間という海の彼方から戻ってくるのです。


少女は、未来視の能力で、断片的であったとしても、

その「地球最後の告白」を見ることが出来ていたのかもしれません。


以上で、異説の提示を終わります。


※トップ画像は、『地球最後の告白を』よりサムネイルをお借りしました。

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