真空管アンプ vs トランジスタアンプ に終止符を打ちます。

私、業界随一の"事実派"ですので…事実しか書きません。

昔から、「真空管アンプの音量はトランジスタの3倍あるんだよ」というような言説が存在していました。要は、真空管アンプのほうが音が大きいということでしょう。大きいでしょうね。何故でしょうか?

■1.音量
簡略化のため引用します。先ずは以下、Yahoo知恵袋の投稿と回答をご覧下さい。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13115141783

以下の部分まではおおむね正しいです。
要は電圧の振幅が√2倍(=+3dB)になれば、電力は2倍(=+6dB)になります。

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音として出力されるためには、スピーカーの能率が重要となります。
ギターアンプで一般的な12inchの場合、能率の高いものは100dBmWを超えます。が、低いものは97に満たないものもあります。この場合、同じ音量を得るためには2倍の出力のアンプが必要になります。
10inchだと、基本的には2-3dB低くなります。このため12inchと同じ音量を得るには、2個使用しないといけない場合もあります。
8inchはさらに低いです。

一般的に、真空管アンプは高価なため、大きなスピーカーが搭載される場合が多く、また高級なユニットほど能率の高いスピーカーが多くなります。逆に、トランジスタアンプは安価なため、小さなスピーカーが搭載される場合が多く、さらに、能率よりもコスト優先となる場合も多いです。
同じ15Wでも、412キャビで鳴らすのと、8inchコンボでは、10倍以上の差になることもあります。
このように、「100Wの音量」といっても、その実態はスピーカーの能率次第となります。このため真空管アンプとトランジスタアンプの音量の違いも、全く同じスピーカーで比較する必要があります。

■2.歪率
以下からが間違いです。

キャプチャ


ギターアンプの世界では、
歪率=10%
の時の出力を最大出力とするのが標準です。
というのも、真空管はそもそも歪み易く、オーディオのトランジスタアンプのように
歪率=1%
での測定が困難だからです。

・真空管A
以下が歪率=10%の波形です。アンプはSHINOS&L ROCKETで、無用な特性が付加されないよう、RETURN(f特はフラット)からシグナルを入れています。

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測定器を出力測定(8ohm)に切り替えると、38.66Wであることが分かります。

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・真空管B
さて、この時の入力信号レベルの、さらに10倍という無茶な信号を入力した際の歪率と出力は、以下のようになります。
歪率=42.34%
出力=45.68W

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真空管は丸く歪む、というイメージもありますが、むしろガッツリ歪んでいることが分かります。
また、歪ませればガンガン出力が出るかと思いきや、意外にそこまでは行きません。これはコンプレッションがかかる、と言えなくもありません。
上記2つのケースでの変化率B/Aは、45.68/38.66=118%です。

ここでVOX MV50を見てみます。同様のことをした場合(負荷は4ohm)、
・トランジスタA(歪率=10%となるよう入力レベルを調整)
歪率=9.96%
出力=43.5W
・トランジスタB(上記より入力レベル10倍)
歪率=33.65%
出力=56.82W
この2つのケースでの変化率B/Aは、56.82/43.5=131%です。

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真空管とトランジスタの歪率に関して、それぞれの素子の特性を考慮しなければいけないことは事実ですが、それでも、
・真空管アンプのほうが出力が出る
・真空管のほうが歪み出した時点からさらに振幅が成長する
ということは言えません。
むしろ(電源トランスと電源回路にもよりますが)、トランジスタのほうが、歪率=10%以降でさらに大きな振幅が出ていることも分かります。

■3.スピーカーのインピーダンス
では、そのような真空管アンプが、何故大きな音量と感じるか?
これを理解するには、スピーカーのインピーダンス(Z、抵抗のような概念)を理解する必要があります。

以下はROCKETで使用しているEMINENCEの12inchスピーカーユニット、Red White & Blues(8ohm)の特性図です。

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赤は標準箱でのマイク測定レベル。肌色がZです。右側の軸がohmです。
スピーカーには主に4ohm, 8ohm, 16ohm等のZがありますが、これは上記で言う300Hzの時点のみです。他は、例えば10kHzでは35ohm程度、110Hz付近では60ohm以上になっています。これはスピーカーの構造とボイスコイルに起因します。
つまり、8ohmというのは、ほんの一部でしかありません。

ここで、例えばアンプが12Vを出力したとしましょう。
300Hzの信号ならば、8ohmくらいなので、スピーカーには1.5Aの電流が流れます。この時の電力は=18Wです。
一方で110Hzだとしたらどうでしょう?仮に60ohmとすると、スピーカーにには0.2Aの電流が流れ、この時の電力は2.4Wです。

つまり、8ohmだ、よし18Wを出力するぞ、と同じ振幅を出力し続けていても、スピーカーのZが周波数によって大きく変動するため、ある周波数によっては2.4Wしか出力出来ていないことになります。

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これらは事実です…何ら不思議なものでもありません。
ここが折り返し地点です。後半も頑張って付いて来て下さい!
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■4.エミッタフォロワと、エミッタ接地増幅回路
後半、いきなりですが…文系でも分かり易いよう解説に努めます。
左側=エミッタフォロワ →A
右側=エミッタ接地増幅回路 →B

キャプチャ

Aは、よく言われる「バッファ」に似ています(エミッタ出力ともいう)。入力された信号と、ほぼ同じ信号を、電気的に強化して出力します。R1を変化させても、出力のレベル自体は変化しません。
Bは、いわゆる増幅回路です(コレクタ出力ともいう)。R2を大きくすると、出力は入力よりも信号レベルが大きくなり、逆に例えばゼロにしてしまうと、信号は出力されません。

■5.電圧アンプと電流アンプ
一気に行きます。
上側=一般的なトランジスタアンプの出力段 →A
下側=一般的な真空管アンプの出力段 →B

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Aは、要はさきほどのエミッタフォロワと同じです。
Bは、要はさきほどのエミッタ接地増幅回路と同じです。

エミッタフォロワは、入力された信号をそのまま出力します。このため、12Vと決めれば、出力は12V出るだけです。これを電圧アンプと呼びます。
一方でエミッタ接地増幅回路は、負荷が小さくなると出力は小さくなり、負荷が大きくなると出力は大きくなります。これを電流アンプと呼びます。

トランジスタアンプは、出力をショートすると故障します。これは、例えば12V出力での負荷が0ohmの場合に、無限大の電流を流そうとしてしまうためです。そうすると、トランジスタが発熱で焼けるか、ヒューズが飛びます。
一方で負荷がオープン(何も接続していない)の場合、流れる電流はゼロです。もちろん何も問題は起こりません…

真空管アンプは、出力をショートしても故障しません。これは、負荷が0ohmであれば、ほぼ出力「出来な」くなるためです。
一方で負荷がオープンの場合、抵抗としては無限大に見えるため、無限大の振幅を出力しようとします。すると真空管が熱で焼けるか、ヒューズが飛びます。

皆さん真空管アンプvsトランジスタアンプと簡単に比較されていますが、実は…
動作原理が全く異なるわけです。違っていて当然です。

■6.真空管アンプvsトランジスタアンプ
ようやく辿り着きました…

このように、真空管アンプは、負荷が高いZになった場合に、ゲイン、出力振幅とも大きくなります。
スピーカーは周波数によって大きくZが変動することは書きました。その変動に対して、見事に追従します。

一方でトランジスタアンプは、一定の電圧を出力し続けるだけなので、スピーカーのZが低い部分では最大出力を出せますが、それ以外の殆どの部分、つまりZが高くなる時点では、常に最大出力以下の出力しか出せません。上記ユニットで言えば、アンプが最大30Wだとしても、実際に30W出るのは、300Hzの時だけ…で、他の周波数では30W以下です。

このため、スペックとしての最大出力が同じであれば、真空管アンプのほうが音量は大きく感じ易いです。
しかし、例えば300Hzだけで比較した場合には、2.歪率で見たように、トランジスタに負ける場合もあります。
実際のギターの場合、色んな周波数を含んでいますので、多くの場合で真空管アンプのほうが音量が大きいと感じるでしょう。
またこれらのため、音量的にどれだけ大きいかを、
「*倍、だとか定量的に言い切ることは出来ません」。

(全ての周波数を段階的に突っ込んだ場合に、何倍と言えるか…実測ないし推測出来るかも知れませんが、上手い方法があればやってみます)

また真空管アンプのほうが、
・特に低音に迫力(レゾナンス感も含めて)があり
・高音がスーっと上まで伸びる
ように聴こえるのは、このことが原因です。

また例えばスピーカーのf0付近(100Hz周辺)のZに追従した出力をトランジスタアンプで得るためには、振幅で言えば最低でも2倍必要です。出力に換算すると4倍です。
(真空管アンプの音量は3倍説、とは関係無いかとは思いますが。)

■7.設計的観点
こういったことがあるため、トランジスタアンプの設計では、プリアンプの時点でローとハイを強調するような設計をすることが多いです。使用するスピーカーユニットにもよりますが(むしろハイはカットする場合も、もちろん…)。

またスピーカーのZを見ても分かるとおり、アンプらしさを表現するためには、
・低域はピーキングで、ある程度Qを大きくして(特にf0周辺を)稼ぐ
・高域はシェルビングで、数kHzにかけて効くようにする
という工夫が有効であることも分かります。
このため、例えばグラフィックイコライザ(帯域、Q固定、ピーキング)のような機器では、こういった「真空管アンプらしい」特徴を再現し辛い、ということも言えるでしょう。

一方でVOX社ではこのような特性にいち早く着目し、トランジスタパワーアンプでもスピーカーのZに追従するような(あたかも真空管パワーアンプかのように動作してしまう)仕組みを搭載していることが多いです。これをValve Reactor, Reactor等と呼称しています。

また当然ですが、トランジスタvs真空管といいつつも、その実は、電圧アンプvs電流アンプでもあるわけです。
このため、例えばトランジスタでコレクタ出力を組み、そこに出力トランスを配して電流アンプ化すれば、当然電流アンプの音、音量になります。かたや真空管で、エミッタ(カソード)出力、で電圧アンプを組めば、そういう音、音量になるでしょう。
つまり厳密にトランジスタvs真空管、が比較出来ているわけではない、とも言えます。(トランジスタやMOSFETで、出力トランスを搭載した、電流アンプを作ってくれ??…買って頂けるならやりますよ…)

■あとがき
とりあえず、真空管アンプの音量神話に関して書きました。
現状、これ以上のことを書いているサイトは見当たらないと思います。
ご参考に…

この他にも、
・真空管の波形
・真空管の歪がダイナミックに感じる理由、電源の変動?
等々…まだまだ解説すべきことはありますが、サウンドを伴ったほうが分かり易いかとは思っています。

ところで私は、真空管至上主義のような観点は持っておりません。
むやみに「真空管らしい」「真空管だから」と言うこともありません、が…「ちゃんとした使い方(といっても正しいという意味ではない)」は提示したいと思っています。
それは、真空管アンプだろうと、トランジスタアンプだろうと、FET、オペアンプだろうと同じです。

最近リリースしたValve Screamerでは、プリ管、パワー管のフィール、どちらもある程度は表現出来たかとは思っています。
皆様がどう感じるのか、私には良く分かりませんが…
https://twitter.com/shima_shizuoka/status/1309417467433816071


ではまた!

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