真空管アンプの電源ON待機時間

「電源ONした後に、必ず2分間待ってから、スタンバイONして下さい!」
…増えましたよね、リハーサルスタジオなんかで。
数10年前には何も書かれていないこともあったので、親切ではあると思いますが…何故2分間なんでしょうか?
そして真面目に2分間待たずに、叱られたことはありませんか?

■1.電源スイッチ
真空管アンプは、一般的に300V~500V程度の高電圧で動作しています。回路定数は、全ての真空管が動作して、電流が流れている状態、を基準に設定されています。
一方、真空管は、電極から電子が放出されないと動作しません(電流が流れません)。電極から電子が放出されるためには、電極をヒーターで高熱に暖めないといけません。
このため、電源、スタンバイ、それぞれスイッチが分かれていて、電源スイッチは、ヒーター回路のみをオンオフする場合が多いです。
(参考 VOX AC15 https://voxamps.com/ja/product/ac15-custom/)

画像1

ヒーターが暖まっていない状態でスタンバイをONすると、回路によっては、隅々まで予期せぬ高電圧が印加されてしまい、これが部品の耐電圧を超えてしまう場合があります。

■2.スタンバイスイッチ
一方で、スタンバイスイッチの無いアンプもあります。
(参考 VOX AC30HW https://voxamps.com/ja/product/ac30-hand-wired)

画像2

これは電源回路によります。
例えばAC30HWの場合、GZ34(5AR4)という整流管が電源を供給するわけですが、これも真空管のため、暖まるまでに時間がかかります。暖まってから、少しずつ電流を流せるようになるため、その頃にはプリ管、パワー管とも先に暖まっています。この時間差を前提としているため、アンプとしては問題無いことになるわけです。
上記AC15の場合は、電源がダイオード整流のため、電圧がかかれば瞬時に電流を流してしまいます。このため電源とスタンバイスイッチを分けています。

一方、安い真空管アンプなどで、単純に電源スイッチしか無い場合もあります。その場合、最初から電圧がかかっても良いように設計されている場合が殆どです。
他には、リレーを搭載し、意図的に時間差を生じさせて内部でオンオフしているアンプもあります。

-----------------------------------------------------------------------------------
ここから2点、回り道をします。
-----------------------------------------------------------------------------------

■3.傍熱vs直熱
真空管には主に、傍熱管、直熱管が存在します。

傍熱管は、電子が飛び出す電極に対して、その傍で電極を暖めるヒーターが分かれている構造です。近くで暖めてはいますが、内部は真空のため、電極が暖まるまでに時間がかかります。我々が真空管という場合、だいたいがこの傍熱管です。
多くの傍熱管は、約10秒程度で電極の温度が安定します。このためAC30HWでも、10秒経過した辺りからGZ34が電流を流し始め、20秒経過した辺りから音量が出ます。

直熱管は、ヒーター自体が電極になっている構造です。こういった管は、電源ON直後から電流を流すことが出来ます。

GZ34とスペックの似た整流管として、5U4という管があります。Fender系の一部や、MESA BOOGIE Rectifierで使用されています。5U4は直熱管です。
このため例えばAC30HWで、GZ34の代わりに5U4を使用してしまうと、電源ON直後から高電圧を供給してしまいます。時間差を期待したうえでスタンバイスイッチが無いアンプ、でこういったことをするのは、当然好ましくありません。

■4.プレート損失
真空管は、ヒーター電力を供給しただけでは動作しません。
真空管が安定して動作するためには、直流バイアスを印加する必要があります。音が出る出ないに関わらず、アイドル状態で常に直流が流れ続けている必要があります。
その電流を調整するのが、よく言われる「バイアス調整」です。

例えばEL34は、
・ヒーター電圧=6.3V
・ヒーター電流=1.5A
このためヒーターで消費される電力は=9.45Wです。
一方でEL34プッシュプル(2本)で50Wの出力を得るために
・プレート電圧=450V
・バイアス電流=30mA
とすると、プレートでは常に=13.5Wの電力消費が発生します。
当然、大音量を出せばこれ以上に電力が消費され、管が高熱になるわけですが(その際のプレート損失は計算が複雑になるため省略します)、全く音を出力しない状態でも、常に電力が消費され、熱として放出されているということです。

一般的に、アイドル時のプレート損失はヒーター電力と同等か、それよりも大きいです。パワー管は、電源ON時も熱いのは熱いですが、スタンバイON後にさらに熱くなり、手では触れないほどになります。
-----------------------------------------------------------------------------------
ここで話を戻します。
-----------------------------------------------------------------------------------

■5.電源ON時間
何やら前置きが長かったような気もしますが…
つまり、真空管アンプが暖まるというのは…実際には
・スタンバイスイッチをONした後
・さらには大音量で弾いてから
ということです。

このため電源ONのまま1時間2時間放置しても、パワー管のヒーターはもちろん熱的に安定はするものの、ある一定の温度以上にはなりません。電源ONだけで時間をかけても、「十分暖まった音」にはならないということです。
スタンバイスイッチをONしてからが本番です。むしろスタンバイONして10分ほど待ったほうが、確実に、「暖まった音」が出るはずです。

電源ONは、
・短くて10秒
・いちおう目安として20秒
・念入りで30秒

待てば十分です。
それ以上待っても、何か特別なメリットがあるわけではありません。
ただ、ごくたまに、消耗度合いにも因るかも知れませんが、ヒーター点火が遅く20秒くらいかかるような球もあります…が、稀ですね。

■あとがき
アンプ開発においては、だいたいどのくらいの電圧がかかっているか?分かっているというのもありますが、だいたい10秒が多いです。
それこそ何100何1000回とオンオフしていますが、それで故障するということは経験していません。オンオフ耐久試験というのもやりますが(これは主に、電源スイッチと、ヒューズ選定の妥当性のためではあるものの)、これも含めると何万回でしょう…

もちろんお客様から預かったようなアンプでは、目安として20秒待つことが多いですが。
状況が分からないアンプの場合は、スライダックで、低い電圧から徐々に動作させることもあります。

一方で、真空管は消耗品です。ボソボソ、バツバツ、ピーーと言ったり、真っ赤になったりと、前触れもある場合もありますが、突然壊れることもあります。
コンデンサ等と同じく、ある程度使用時間が経ったものよりも、新品のほうが不良率が高いという事実もあります(故障率曲線、で検索下さい)。壊れる時は壊れます。

またそもそも、電源ONで十二分に待たないといけない、というアンプ側の設計もどうかと思いますよね。そこまで待たずとも壊れ難いような設計的配慮、をすることも出来ます。アンプの単価に比べれば、たいしたコストではありません。

「2分間待たなかったから壊れた!」とお客様を責めたり、
「2分では不十分!5分、いや10分だ!」とエスカレートしないよう…
ご参考下さい…


※Lee Custom Amplifierは、特に真空管ギターアンプの修理を得意としています。またアンプ自体を多数製造しており、真空管がかなり安価に入手出来ますので、修理総額も抑え易いかと思います。
持ち込みによる即日修理にも対応していますので、何かあればご相談下さい(お隣であるG-ROKSでのリハでの不具合への即対応もあり)。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?