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傷を見せる



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嬉しいことも、悲しいことも、隠せない。
つらいときは、つらいということをはっきりと外に出してしまう。

悲しいときは、誰になんと言われようと、とことん気が済むまで悲しむ。
傷ついたら、傷ついたって伝える。

それが、私の傷との付き合い方だった。



私は、傷を要塞のようにしていたことに、昨今気づいた。



ひけらかしたり、確認したり、自慢をしてみては、
その中に閉じこもり、恨み、憎むことで自分自身を保っていた。

大きめの玩具の中で遊ぶ、幼児のように稚拙な行為だと感じる。



時に傷とは、最大の逃げ場になる。

逃げ場にしたことがあるし、している人間を見たこともある。

自分と同じ傷を背負っている、ということに、心を揺さぶられ、
それらの人間に寄り添い、あっさり裏切られたことも幾度となくある。

本当に傷ついた人間は、弱くて信じやすく騙されやすいものだ。

本当に自分が誰かを愛し、傷付いたとき、
傷を利用することの残酷さと、汚さに失望し、
また、自分もそれらを利用していたこどに気づき、とんでもなく落ち込んだ。

傷を利用し、人をだます悪者がいるし、
自分自身も、傷を利用し、自分自身を欺く、弱くて汚い人間だった。




傷に酔いしれたり、
傷に絶望したり、
傷に助けられ、
傷のおかげで出会った人もいれば、
傷のおかげで離れて行った人もおる。

傷に寄り添って、生きている。
特に私のような人間の場合。



傷付くということは、何か。



誰かに出会い、恋に落ちる瞬間すら、絶望し、傷つく。


人を愛する、愛する人に出会う、ということはとても怖いことだ。
好きになってもらう自信もないけれど、彼を守り、彼の人生を豊かにする自信もない。

なのに、突然出会って、恋に落ちてしまうんやから、
準備も出来ていない状態で戦いに駆り出されるようなもんやん。

己の無力さ、能力のなさをむざむざと見せつけられ、本気の恋ほどつらいものはない。

だって本気やからな。


(口ではいつも、私と一緒にいることで世界一幸せにしてあげるねとかいうんですけど)
(いうのは簡単で)
(心の中では、自信のなさとか、情けなさが渦巻く)



愛する人のすべてが許せなかった時もあった。
焦っていたし、嫉妬していた。
幼稚な愛だった。

愛してるから、自分のわかる範囲で行動してほしかったようで、理解できないことを詰った。
それは相手も同じだった。

幼稚な愛でしかなかった。

幼稚な愛は自分を傷つける。

また、私はその傷を盾にして、自分を守る。

悪循環。



なじりあい、憎み合った末、もう二度と会えなくなった人がいた。


今朝、鮮明に思い出し、泣きながら歩いた豪徳寺の駅までは、あの時と同じ。


私は、彼を失ったこと、そのあとにあった様々な事象に傷つき、
それを言い訳にし、その中に閉じこもって、数年間、生きてきた。

私は彼から受けた傷を盾にし、
会えなくなった後も、彼を頼りにし、甘えまくり、彼を愛してしまっていたのだなと思った。


失ってどん底に突き落とされて初めて、大切さに気づく。
今、そばにいる人に感謝して、大切に想えるのも、傷と悲しみから構築されている。

傷や悲しみから生み出されるもの、たくさんある。
特に、私のような人間の場合。

救ってもらっていたし、守ってもらっていたし、傷も悲しみも、私の要塞だった。

私は、つらい気持ちや悲しい気持ちを隠さない。
だけど、もう頼りにしないし、自分の力で生きていくと誓った。


できるかな、怖い。





みっともなくて、ごめんな。
きっと心配しているんやろうなって思ってます。




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次回は、愛することの情緒不安定と、傷つくことにつきまとう、
八つ当たりという行為について考えます。

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