月の夜雨の朝 新選組藤堂平助恋物語 番外編斎藤と藤堂 Ⅰ

これまでのお話の概要です↓↓↓
伊東甲子太郎が入隊後、若い隊士達に水戸学の講義を繰り返し隊内の人気を独占していき、
土方が動かしていた隊の方針が少しずつ変わっていってしまう

伊東の内弟子だった藤堂平助は伊東の腹心の筆頭ともいえる立場になる
友の斎藤との関係も今までと同じでは無い

斎藤と藤堂 Ⅰ

[1]
 
 ひゅっ

風を切った刀が銀色の弧を描く
そのまま鍔鳴りすらさせずに刀を収めると顔を上げた。

目の前の男は 足を一歩踏み出しかける。
古傷のある顔を不思議そうに自分の腹に向けた。
その時になって、ようやく自分がもうこの世に存在しないと気づいたのか、
歩みを止め、そのまま音を立て崩れ落ちた。

生命から物になってしまった男を一瞥する。

……これは犯罪ではない
俺にとってはただの仕事

善だの悪だの論じる必要もない
仕事とはそういうものだ……

命じられれば斬る
逃げようとしたから斬る

それで済む話……だった

ついこの間までは……

「さ、斎藤先生、どうしましょう……死んでます…… 」
倒れた浪士の身体を調べている新入り隊士が声を振るわせてこちらを振り返る。
今夜、初めて巡察に参加した新入りはおろおろし、
他の連中は(うちの隊長がまたやらかした……)という非難の目を俺に向けていた。

部下たちの無言の非難を無視し、新入りのほうを顎で軽く指し示してやる。
『新入りに事後処理を教えろ』という意味だ。

部下に多くの指示は無用
時間の無駄……

新選組三番隊長、斎藤一は部下たちを置いて一人先を歩く

新選組や見廻り組の巡察によって京の治安は落ち着きを取り戻したかのように見えた
が……過激派の行動はさらに地下に潜り、要人の命は危険にさらされた。
その分新選組の隊務も過酷さを増す。

斬《や》るか、斬《や》られるか

当然、新選組の中で人斬りは大義だった。
部下たちも以前は『お見事!斎藤先生』など賞賛していたものだ。

それが突然変わった……

同僚の藤堂が「先生、先生」と慕っている伊東さんから、
『巡察時の人斬りは控えてほしい』という通達が出た。

まさに鶴の一声……そんな感じだ

入隊したばかりの新入りもそう聞いていたのだろう。
『新選組の巡察で浪士をむやみに斬り殺す、というのは現在は禁止と相成りました。
それは最後の手段と心得るように。
捕縛し詮議するというのが基本です。』
誰が面談したか知らないがこんなふうに……

『上からのお達しを守る』という気が感じられない直属の上司に対して、
聞いた話と違う……そう思って戸惑っているであろう新入りと、半分あきらめている古参の部下たち

どうせ、新入りもすぐに諦める……

……藤堂、と違って

藤堂は俺に何度か理由を問いただそうとした。

なぜ伊東先生の通達を守ろうとしない?

……そうしなければならない理由がわからん

だとしてもお前の腕なら難しくはないはずだろ

……だな

そんなやり取りの間
藤堂はその整った面差しに、 いつも少しの苛立ちを浮かべていた……

通達が出る前と後で何が違う?
俺も変らないし過激派も変らない
……お前は変われたのか?伊東さんの言葉ひとつで

それを口にするかわりに
「伊東さんはすごいな……」

藤堂はちょっと驚いた顔をする

別に、嘘ではない……

伊東さんを崇拝してるのは藤堂達、腹心だけに限らない。

温厚な笑顔で皆に接する伊東さん
平の隊士たちにも自ら声をかける。
些細な変化も見つけて褒めたり、心配して見せたりというおまけまでついている。
学才は隊内でも群を抜き、局長の建白は最近ではすべてあの人が練っているという噂だ。

が、それだけではない
稽古場で見る限り……剣の腕も確かだ
江戸で北辰一刀流の道場主に見込まれて婿養子となり後を継いだというのも納得する。

そんな藤堂の先生に若手隊士だけでなく土方さんに不満のある幹部達まで何かとすり寄っている

俺は……

隊内でかわせるものがほとんどいない土方さんの諸手突きを伊東さんがかわしていたのを一度だけ、見たことがある。

ぞくぞくした……

剣を交えてみたい

土方さんにそう願い出ると
「お前は……本気でりそうだからやめろ」と真顔で言われては控えるしかない

[2]

後ろで束ねた髪が風に乱れる。

風が強くなった……

髪を軽く払う

……
振り払った際に血の匂いが立った

さっき斬った浪士の血が飛んだか……しくじった

血の匂いに誘われるのか知らないが
人を斬ると女を抱きたくなる

いつもそう……

初めて人を斬り殺した日から、それも変わらない
これにも理由なんか無い
誰だってそういうものだ、と思っている

その証拠に……
真面目を絵にかいたような藤堂さえ、巡察後は頻繁に女のところへ通っていたのだ。
女のところへ行った日は人を斬ったんだろうし、
行かなければ斬らなかったのであろう

俺と何も変わらない

ただあいつと俺が違うのは……
藤堂の相手は恋仲らしいということくらいか

……真面目な藤堂らしい

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女の汗ばむ肌を解放すると、背を向ける。
それでもなお、背中にからみついてくる女の手を黙ってひきはがす。

「……」
店に上がってからまだ一度も口をきいていなかった

女が俺の肩に手を置いて顔を覗き込む
「斎藤はん、今日もつれないわぁ……名前くらい呼んどくれやすな」

女の爪は薄紅に彩られ、わずかな行灯の火に揺れた

何度か敵娼になった女

……名前……なんだったか
わからなくても困ることは特にないと思っている

女の俺への繰り言を聞いてるうちに
以前、藤堂と吞んだ時のことを思い出した。

「名前も覚えないのか? 斎藤……それはなかなかのクズだな」とあきれている。

「……だな」女に深入りするのを面倒に感じる自分の薄情さに苦笑した。

藤堂はしばらく考えたあと「……俺も同じだよ」そう言って黙り込んでしまった。

藤堂《この男》は女と別れる、別れないを本気でできるやつだから、どうせ別れ話で女を泣かせでもしたんだろう。
黙ったまま俯く藤堂に「そうか……」とだけ返事した

藤堂の情の厚さが羨ましい、そう思ったこともある。
もし、俺に藤堂の半分でもそういうものがあったら……

まだグチグチ言っている女の髪でも撫でてやろうかと手を伸ばしたが、その手を止める

ふっと手から血の匂いが立った

がらじゃない

血の匂いと甘すぎる白粉の匂い

むせかえりそうになりながら俺は再び女に覆いかぶさった

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