6月8日

暗い内容。


病院を予約する(決意)
生ぬるい日々がずっと続いて人間関係を腐らせていってしまうような状態、本当に最悪な自分のことを 自分ごときになんとかできるわけがない気がするので、とりあえず病院に行ってみます。自分自身は信用ならないので、自分なんてないので、えらい人間とか、ブッダとかに頼るべきだと思う。

実家や生まれ育った環境がこうじゃなければもっと終わってたと思う、ていうか周りや親にだいぶ甘やかされたり愛されてきた人生なのに自分が愚かな事実がずっと変わらないので限界を感じる。
考えてみれば本当に好きなところないかもしれないな。人が好いてくれる瞬間や状況、関係、それがあるから生きられているだけで 本当はめちゃめちゃ嫌いな気がしてきた。周りの人間のお陰で自死を選択せずに済んでいるだけだと思う。
いつもこういった場面で、精神的自傷行為をして現実をないことにしたり、刹那的な快楽に溺れて人生の嫌な部分から逃げ続けている自分が本当にしょうもないと思う。人を愛する資格も、愛される資格もないと思うし、そのどちらも今の状態で求めることは間違いなのだと思う。

僕自身が選択を間違え続けてきたという結果なだけなのに、それすらを他人とかなんらかの力のせいにしようと思っている。最初にうつ病になったときちゃんと治療とか対処できていればとか、親がスピってなければこうじゃないかなとか、その節でいくとあの時のハルシオンを恨みますが。
ていうか僕はずっと人を傷つけたり、勝手に自らを自らで傷つけたりし続けているだけで、人によって傷つけられたことってないかもしれない。いやさすがに言いすぎか、普通に中学の頃のあれはいじめというのに入るか。
こうやって嫌なことがあった後に、自分が今までに受けた酷いことばかりを思い浮かべて、感傷に浸ることも至極無駄なのかもしれないし、また自分から逃げたいとか 他人のせいにしたいとか いつもと同じただのパターンなのかもしれない。
わからない。どうすればいいのか何も、わからない。
肉体的な自傷や、他人を巻き込んだ自傷よりかはマシだから縋りたいだけかもしれない。ただの、変わらないための 自分を呪うための言い訳に過ぎないのかもな。

記憶から消えつつあるのでそんなに深く傷ついたことでもないのかなと思ってるが、中学の時のあれはもしかしたらいまだに自分を邪魔している心に刺さった棘なのかな。
いつから人生を間違えたんだろうと、どの選択のせいで自分がこうなってるんだろうと、そういったことばかり思い出したり繰り返している。

実際あの時は常に希死念慮があったわけだし、傷ついていないはずがないと思う。あんまり思い出したことも、これを人に言ったこともないけど、なんかふと思い出した。
不登校ながらに唯一楽しんでやっていたのは絵とゲームで、クラスの子数人は 不登校の僕と関わったり 絵を描いてと頼んでくれることがあって、ちょくちょく描いた絵をあげたり LINEのアイコンにしたりしていたのを、クラスの女の子に お前の絵気持ち悪いし下手じゃない?笑と言われたこと。男の子に裸の写真を要求されて(送るなよ、馬鹿)、いつの間にかそれがクラスのみんなに見られていたこと。今思えば不登校になってから告白されたあれもいわゆる罰ゲームなのかもしれん。
まあ、壮絶な感じでもなかったけど、実際居場所はなかったし絵を否定されたことと 裸体をクラスの色んな子に知られたことはかなり傷ついてたたしちょっと何かがおかしくなる感覚があったと思う。自分が必要とされたことがなかったからたぶん嬉しかったし、思春期だったし、なんかそれを選んじゃったんだろうね、気持ち悪いな自分。まぁ一歩引いて考えたら、秘密にすると言いつつ堂々と晒した相手がふつうに最低なのか。

それと決別したかった高校でも結局無茶苦茶な環境で無茶苦茶になってしまうし、そういった閉塞感とか教育機関の気持ち悪さからは解放されたわけだけど、いまは強制的な苦しみがなくなっただけで 人生楽しいと思えるわずかな瞬間を追い求めることぐらいしか生き延びている理由がなくて、ぼんやり生きてたくないなあとずっと思っている状態では昔と何ひとつ変わっていないのでは。
無茶苦茶な状態から手助けしてくれた人のことも無茶苦茶にしてしまうわけだし、人生をなかったことにしたいと何度も思っている。
誰も望んでいることじゃないし最悪の選択なので自死は選ばない、頑固に幸せなふりをして生きるわけだけど、どうも人生は望んだものにはなってないし、なんだかばかばかしいなすべてが。
いつからおかしいのかなー。ずっとだめか。

やっぱり自分が女であって、大体の男は女を求めるという事実を考えると苦しい気持ちになってくる。
性別違和だと思っているものは、やっぱり生まれながらのものではなくて色んなショックが拗れすぎてこうなっているな、性愛が絡むことの中でだけ強く感じるものなので。
性器というのが2種類しかない、どちらかの役割が自分にはある、というのが分かった段階からやっぱり苦しさははじまったのかな。
あとは他人から傷つけられた時に、自分を責めてしまうこと。他人を傷つけた時に、傷つけたということが理解できないこと。
高校の時ネットで話していた人がガチ恋ストーカーになった時、なぜか僕が反省文15枚ぐらい書かされたりとか、あれは本当に苦しかったし なんていうか、そういうちょっとずつすり減るような経験が合わさって、分からないうちにおかしくなってると思う。
なんだろう、人を傷ける/自分を傷つける/傷つけられる そういうのが本当にうまく認識できないというか。ちゃんとやれない。
どうやったら誠実でいられるのか本当にわからない。どうやったら間違った選択を断てるのか、嫌なことを自覚して選択せずに済むのか本当にわからない。人の愛情をうまく受け取れない。

何が書きたいのかよくわからなくなっちゃった。もう誰も傷つけたくないということが言いたい。
知らず知らずのうちに人を傷つけている事実があるので恋愛や責任の生じる関係を引き受けられる資格はないのだと思うし、人を慰めることも 寄り添うことも 何も方法がわからないので、世界でどうやっても自分が愚かな存在だと思う。
なんとかしないと。
気持ちだけは前向きでいたりよくない衝動性を抑えることはできていたが、ご飯もあんまり食べられないし、体調が悪くなることを知っているのに夜に眠ることがうまくできないし、部屋も一生散らかっているし、音楽や映画にもあまり興味が持てなくて、何もしてないのにすべて手いっぱいで、いつの間にか日々が過ぎていくのを待っているだけで、楽しみな予定のおかげでただ生き延びられているだけで、本当にダメです。
こうやって苦しい理由とか嫌な記憶を何度も反芻するばかりで、こんなことなんの意味もないはずなのにな、なんで前に進むことがこんなにこわいんだろう。
今特に仲良くしてくれている友人のことは本当に失いたくないし、あの子の暗い気持ちを引き止めたかったり幸せを願う気持ちがあるのは真実なので、その未来は必ず現実にしたいし自分自身をなんとかしたいですが。
僕がどうしようもないのは事実で、今まで僕に愛情を注いでくれた人たちのことを傷つけてきたことはどうやっても取り返しのつかないことだけど
自分に価値がなくても、無害じゃなくても、やっぱり人生に絶望していたくはないので、なんとかやっていける方を選ぶしか道がない。生活なんて余裕でできるものじゃなかった。思ったよりも自分は無力だし、価値や意味なんて見出せないし、ただ生きているだけでは満たされないのでだったら努力するべきなのに、どうしてこんなに頑張れないのかな。何かを積み重ねるってことがなんでこんなにできないのかな。生きている実感があるときにしかやろうと思えなくて、生きている実感を得るための努力すらできないのは怠慢ですか。
ただの鬱なのかな。そんなに恵まれているのに鬱になるって事実を認めたくないので病院へ行けずにいるけど、客観的に判断して鬱かも。
なんも傷つくことがないのにお前が鬱になるわけないだろ、って頭のどこかで声がそう言っているけど、実際ずっと苦しいもんな社会とか世界とか。
病院を予約します。健康になりたいし、友だちと暮らしたい。それしかない。

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