私文庫(2023/夏 Ⅰ)

「ワルキューレ」B.シンガー監督

海賊ばりの眼帯をつけてグッとこちらを睨みつけるトム・クルーズ、というポスターデザインが大味すぎてちょっと今まで観る気がしなかったんですが、いざ観てみると史実に沿った緊張感のある作りでとても面白かったです。2時間近くあるのか、そんなん観てられんから適当なところで切ってまた別の日に観ようって思ってたんですが、間延びしたところがないしヒトラー暗殺計画がいざ始動してからはスピード感があって、もう最後まで観ちゃいましたね。

主人公のシュタウフェンベルク大佐は、そのルーツが12〜13世紀にまで遡るシュヴァーベン伯爵家の出身で、ヒトラーはもとよりワイマール共和国にもシンパシーを抱いていない人物です。保守的で高潔、相当なイケメンで明朗快活、軍事的な才能もあってかなりのカリスマ性を有していたとか。これをトム・クルーズが演じるというのがピッタリなんですね。手指、左眼の損失も実話らしく、日常動作もままならず内心では深いトラウマを抱いているに違いない主人公を、抑えめの演技で表現したトム・クルーズは流石だなと思いました。

テレンス・スタンプ、ビル・ナイ、サー・ケネス・ブラナーといった演技力のカタマリみたいな人たちが脇を固めてるのもいいですね。細部まで凝ったドイツ国防軍やナチ党員のユニフォーム、1944年当時のベルリンの街並みなど見所けっこう多いです。いいものを創ろうという気概が伝わってきますね。監督のブライアン・シンガーもこれを撮った時点では40代前半だから、まだ元気だったのかな…


「宮松と山下」関友太郎・平瀬謙太朗・佐藤雅彦監督

「流星ワゴン」でめちゃくちゃ泣かされたので、演者としての香川さんは好きですね。今作ではああいうキャラではないんですけど、現実社会の状況と相まって「何しでかすかわからんww」みたいな雰囲気は共通してありますね。不穏な雰囲気の中、ひたすら斬られ役のエキストラとして日々死を重ねていく主人公。え、何が起こるん? 怖いんですけど? みたいな話の主人公に香川さんを持ってきたのは上手いなと思いました。

セリフが少なくってやたらと間が長いんですけど、現実シーン・エキストラ撮影シーン・回想シーンの間が全部おんなじなんですよ。ズルいですよねw このせいでコロッと騙されましたわw いやホンマびっくりした。「どこまでが現実なのー?!」ってなりますよ。

主人公を昔の同僚が訪ねてきて、そこから物語が展開していくんですが、思いもよらぬテーマが隠されていましたね。僕的には良い話だったなーと思うんですが、全体的に説明が少ないのでよく分からないままのところも幾つかあります。
以下、ネタバレ込みの疑問。

疑問① 山下ってのが本名なんだなとは分かるんだけど、宮松という名前はどこから出てきたんだろ。母親の旧姓? 主人公が記憶喪失ならそれも分かんないだろうし、財布とかにある名刺見たら「あ…俺は山下っていうのか…」ってなると思うんだけど。エキストラと言っても登録名が必要だから、とりあえずつけた芸名みたいなものなのかな…

疑問② 昔のタクシー会社の同僚は、主人公を異母妹に会わせるというお節介なことを何故わざわざおやりになったの? 普通にただの善意? 異母妹の夫も同じく元同僚だったから? てゆーか、異母妹の夫、あいつ疑り深いよね? あいつは、妻が兄をまだ愛しているかが気になって、それを確かめるためにわざわざ呼び寄せるよう図ったんじゃないだろうか?
(異母妹の夫は「妹さんのことを女として見てるよな!」と主人公に詰め寄りますが、映画の描写的には明らか相思相愛か、何なら妹の方が兄に惚れているように見える)

疑問③ で、主人公が斬られ役のエキストラに拘るのは何故? 過去を失った者としては、ぶつ切れで連続性に欠けた生業のほうがむしろしっくりくるということ? 安定せず足元もしっかりしないロープウェイの管理業を好むのと同じような理由なのか。あるいは、異母妹への想い、及び彼女からの想いを断ち切るという意味合いを(無意識に)込めて、斬られ役に拘るのだろうか? 異母妹を愛してしまった罪悪感から日々自分を斬らせている…とか?

こんな感じで、見終わったあとに色々考えたくなる良作でした。テレビの方はもう難しいでしょうけど、映画にはどんどん出ていってほしいですね香川さん。


「ダンケルク」C.ノーラン監督

いやーコレ良かった。めっちゃ良かった。オススメしてくれた人ありがとう!オススメされなかったらまず観てませんでした。いやありがとう!w 

だってダンケルク撤退作戦なんて、ろくに戦闘もなくなんの見所もない話って思うじゃないですか。史実的にも、ドイツ側は必ずしも全力で包囲殲滅を狙ったわけではないと言われてるし。映画にしたところで何を売りにするんだろう、どうせ有りもしないエピソードをでっち上げてお涙頂戴ストーリーを回すんやろな、ぐらいにしか思ってなかったんです。ほらアレ、こと戦争映画ってなると日本人は定期的に、マイケル・ベイの「パールハーバー」、ローランド・エメリッヒの「ミッドウェイ」みたいなトンデモ映画に辱めを受けるじゃないですか。そんなん作るんやったら最初からエイリアンVSアメリカ太平洋艦隊みたいなSFモノにしとけっていう。そしたら最初っからチョイスしいひんわって。

だがしかし、クリストファー・ノーラン監督は最初から戦争映画を撮る気ではなかった。だからこの作品は素晴らしいものになった。そう思います。

何と言うか観てる感覚は災害パニック映画に近い。サスペンスフル。ドイツ軍はほぼ描写されませんが圧倒的な存在というのは分かるので、竜巻か何かのような災厄からいかに逃げるか、いかに救い出すかという形になっている。で、その手のパニック映画には欠かせない「いらんことして皆の足を引っ張るキャラ」がわんさか出てくる! てか主人公格である若い二人の兵士からして、けっこうズルして救難艦に乗り込んでますからw こういう、人として情けない臆病で自己中な部分と、己の命を省みず高い技量を発揮して他者を救わんとする崇高で勇敢な部分、その配分が絶妙なんですわ。これアレやん、アレ、ポセイドン・アドベンチャーですやんw  

で、そういうパニック映画の伝統として「最も善い人たちこそ失われる」というのがあるでしょう? 本作でその部分を担ってるのが、民間船に乗り込んだ年下の男の子と、英空軍パイロットですよね。そのパイロット、最後の最後に顔が判るんですけど、トム・ハーディが演じてるんだよなー 9割方、眼と声だけの演技ですよ… まったく贅沢なキャスティングしやがってw 

いたく感動して「この、クリストファー・ノーラン監督って凄いね!ダンケルクみたいな題材をこんなふうに撮るなんて、何者⁉」とか職場で興奮気味に話したら、「何を今更…」「ほら、ダークナイトの監督ですよ」「ほら、インセプションの監督ですよ」「知らんのかいなクズが…」って同僚の心理士たちに白い目で嗤われましたwww 


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