ツーリングカーの歴史

決定版!とまでは行かなくてもすごいっしょ?くらいのを纏めてみようとしたけど、やー、無理だ!記憶だけじゃ怪しすぎるけど情報が無さすぎる!
さすがにタミヤなら情報がまだ多いけど、YR4くらいのメジャー車種でも纏まった情報はほとんど無い。記憶を頼りに個別に探すしかない。テックとかカワダとかのマイナー車種になると個別の情報すら怪しい。
これはまだ解る人が居るうちにできるだけ纏めて後世に残すべきなんじゃないのか。自分ひとりでは無理だけどインターネットの集合知ならなんとかなるんじゃないのか。

というわけで、全然薄いけど叩き台みたいなのを作ってみる。
有料にはしないので、みんなで寄ってたかって情報を追加したりつっこみ入れたりしてもらえたらありがたいです。フィードバックは可能な限り反映するし、持ち帰って勝手に拡張してもらっても構わないです。

ざっくりの流れ

まず、確実な情報が得やすいタミヤを中心に、縦軸がメーカー、横軸が大まかな年代で揃えてみた。年代は本当にざっくりで、実際アソシTC3はタミヤTB01より先に出てたはずだけど、業界全体に大きな影響を与えたのはもうちょっと後でこれくらい、という認識。

ツーリングカーの誕生

タミヤTA01

まず、タミヤがマンタレイ(バギー)のシャーシをベースにトレッドやホイールベースを縮小したTA01シャーシ(当初は名前なんて無くてTA02登場時にはじめて名前が付いた)にセリカGT-FOURのボディを乗せて出したのが全ての始まり。
それ以前にも京商とかがバギーのサイズそのままのシャーシにスポーツカーやラリーのボディを乗せたのはやってたけど、そんなには流行ってなかった。京商GP10はある程度は成功してたみたいだけど、エンジンは専門外なのであまり突っ込んだ話はできない。
TA01の第2弾で出たスカイラインGT-Rが空前の大ヒットで、一気にひとつのジャンルになった。タミヤからは後継のTA02が出て、ヨコモからもサイズやボディマウントの位置まで揃えた対抗機種・YR4を出してきた。

ヨコモYR4

当時世界最強のバギーだったスーパードッグファイターをベースに、ストレートパック電池が乗るようにベルトの取り回しを変えて足回りを新設計したもので、舞台はタミヤだけじゃない戦いへと移って本格化した。
タミヤとヨコモが当時最強のバギーをベースに作ってきたから、京商も当時最強のレーザーZXベースのツーリングカーを出してくるか?と期待されたけど、出てきたのは旧型のオプティマミッドベースのスパイダーだった。
HPIもRS4PROでキットメーカーとしてデビュー。他にもいろいろなメーカーからキットが出て、サードパーティからのオプションパーツも充実して、独自のコンプリートキットみたいなものも出始めた。スピードマックスYR4とか、アトラスTF2とか。このあたりまでが黎明期だろうか。

タイヤサイズは今でも「ナロー」と呼ばれる26ミリ幅が一般的で、リヤに32ミリ幅のワイドを履くこともあった。
ヨコモYR4Mがフロント用に極端に細い(21ミリ)スーパーナローを出して、試しにこれを前後に履いたらものすごく軽快に動く上にグリップもする、ということで大流行して、細すぎて見た目が悪いのに配慮したのかどうかは不明だけどレギュレーションで24ミリまでに規制されて、スーパーナローが禁止されてミディアムナローが誕生した。

第一次2ベルト時代

そして「これが正解なんじゃないか?」の最初のカタチが定まってくる。HPIのRS4PRO2だ。

RS4PRO2

リヤデフの直前の車体中央に横置きしたモーターから1次減速ギヤ→2ベルトドライブ。フロントベルトは高い位置を通るので電池はストレートパック横置きが可能(振り分けも乗る)、奇しくも京商レーザーZXと同じレイアウトだ。京商がもし最初からレーザーZXベースで作ってたらいち早くここに辿り着いてたのに。随分遠回りしてTF4でこのカタチに行き着いたのはかなり後の事だった。
他社の傾向なんて我関せずの独自路線でTA03をやってたタミヤも、レース部門のTRFではPRO2そっくりのTRF414を作り、TA03の後継もTRF414の普及版とも言えるTA04になった。

対するヨコモは、最初のYR4から一貫して2ベルトだけど、センターシャフトの位置が低い独自のスタイルだった。ベルトが車体中央の低い位置を通るので、ストレートパックを横置きしようと思うとYR4のようにテンショナーで無理矢理曲げる必要があり、ロスを嫌ってベルトをまっすぐ通すためには振り分け電池の仕様が必須だった。レースでの成績は良かったが、当時の一般ユーザに振り分け電池はそれなりに大きなハードルだった。
YR4もセンターシャフトを高くしてみたり(YR4J)、電池を片側縦置きしてみたり(YR4Ⅱ)の試行錯誤はしてたけど主流になるには至らず、ラリー用に完全新設計したMR4ラリーをオンロード仕様に仕立て直したMR4TCを出してきた。

MR4TC

YR4とよく似た2ベルトでセンターシャフトの低い駆動系に片側縦置きの電池と、一見YR4Ⅱを樹脂で作り直したような車にも見える。ロングスパンで良く動きそうな足に、エアレーションなのに空気をほとんど入れず、スプリング必要無いんじゃないかってくらいぱつんぱつんのダンパーで動かないサス、という見た目以上に独特な車で、これがまた速かった。
PRO2そっくりさん軍団対MR4TC、という時代だった。

縦置きシャフト時代

ツーリングカーと言えば2ベルトで、すっかり時代遅れ扱いだったシャフトドライブにもまた時代の流れが巡ってくる時が来た。アソシTC3だ。

アソシTC3

ホットショットの流れを汲む複雑な駆動系のTA01とは違う、縦置きモーターでギヤの枚数が最低限のシャフトドライブはとにかく駆動が軽くて、当時のパワーソースでこの車と同じペースで走るとベルト車では電池が持たなかった。TC3自体の発売は2000年より前だけど、脚光を浴びるようになったのは2002年のリーディレース以降、というのも珍しいパターンだと思う。各社追随したけど、あまりにも合理的すぎるレイアウトはどこが作ってもそっくりになってしまった。
当初は電池を右に置くか左に置くかは各メーカーバラバラだったけど、タミヤがTBエボ3を出す時に「縦置きモーターの加速時の反トルクを左に置いた電池で打ち消す」という能書きを書いて以降、新しく出てくるシャフト車はみんな電池は左側になった。実際どの程度効果があるのは不明だけどアソシTC3は最初から左だった。

第二次2ベルト時代

ニッケル水素電池のパワーと容量が急激に上がってくると、今度は電池を使い切れなくなってシャフトドライブの明確な強みが薄れてきた。
また2ベルトが見直され、テックMY02、さらにテックとの共同開発のタミヤTRF415が台頭してくる。

TRF415

RS4PRO2そっくりだったTRF414をMR4TCのカタチに並べ直したような車で、その後さらにパワーソースがリポ&ブラシレスに激変しても大きく変化することなく、20年くらい続くことになる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?