知床遊覧船経過報告 予想外の結末をかんたんに読み解く

個人的に興味があり、知床遊覧船の事故についてはニュースを追っていたところです。12月15日付で「経過報告」という形でのまとまった資料が発表されました。

本体は75ページみっしりのPDFファイルで、概要版の説明資料もやや文字が多く、あまり一般向けではありません。
しかし読んでみると、事故当時ニュースで言われていた「予想」とはずいぶん違う結末で、日常にも生きるような教訓が多くありました。
せっかくなので「行政からの難解な文章を読む能力」という行政書士の基礎的な能力を活かし、まとめてみようと思います。

元資料の情報

まず、元になる資料です。
75ページ版簡易版があります。

以下の内容では、上記資料の内容について触れます。
ご自身で一次資料から内容を知りたいという方は、この先を読む前に上記PDFをお読みください。

事故の原因と経緯まとめ

原因・経緯について、資料の内容からまとめていきます。
事故の直接の原因と経緯だけを知りたい方は1~3を飛ばし、4をご覧ください。

1 当日よりも前に発生した要因

船そのもののこと
① 船はもともと波の少ない場所で使うためのもので、波を防ぐ部分の高さが少なかった。
② 船はもともと2本のプロペラ、2基のエンジンを持っていたが、それぞれ1つに減らす改造がされた。
③ ②の結果、重さのバランスが変わったので、船尾側に決まった量の重しを載せておくことが運行の条件だった。しかし、運行の効率を上げるため、重しは分散されていた。その結果、やや船首側が水に対し低くなっていた(ただし、運行時は勢いがつくため、船尾と船首が平行くらい)。

④ 客席の下の部分は4つの部屋に分かれ、船を動かす機械は船首から3つめの部屋にあった。しかし、この4つの部屋の間の壁には穴が空いていた
⑤ 船首部分には下の部屋に入るためのフタがあったが、長年の使用により、フタがキッチリ締まらなくなっていた。
⑥ ⑤のフタは、操縦席からは見えない位置にあった。

人的要因
① 社長が変わり、ベテラン船長が解雇され、ノウハウがなくなっていた。
② 社長はウソの経歴で管理者に就任。管理者としての知識・経験もなく、業務もほとんど行っていなかった。
(③ 今回の報告書にはないが、報道によれば社長はかなり威圧的であったらしく、多少の問題があっても言い出しにくかったと考えられる。)

通信手段の要因
① 会社側のアマチュア無線機のアンテナが折れ、使えない状態。業務用無線は使われていなかった(違法だが、直接の事故原因ではない)。
② 衛星電話は壊れていた。
③ ドコモからauの携帯に変更する届出がされ、認められていた。しかし実際にはauではツアー中つながらない場所が多く、ドコモも本当は一部でつながらなかったことが、今回調査で分かっている。

その他装備に関する要因
① 法令で定められた救命用具を積んでいたが、寒冷地の海に合ったものではなかった。
② 法令では位置情報を出すような機器が必須ではなく、積んでいなかった。

外部要因
① 海難時、救助に当たる機関はいずれも遠かった。

2 当日、出港時の要因

天候の要因
① 出航時点では、天気予報から想像されるよりも穏やかな天気だった。

人的要因
① 周りの忠告を無視しての出航
② 船長は経験が浅く、甲板員は初めてだった。
③ 社長は社におらず、定点連絡もしていなかった。
④ 慣習的に「途中で引き返す」ということが行われていて(基本、そういうものはないはず)、船長もそれを当然と思って出航した可能性がある。

通信上の要因
① 船長はその日、社のドコモの携帯を持たず、auだけを持って行った(auに変更済みなので法律上は正しい)
② アマチュア無線は積んでいたが、会社側のアンテナが折れているので会社にはつながらなかった。
③ 衛星電話は壊れているので積んでいなかった。

3 事故直前の要因

天候の要因
① 天候は比較的急激に悪化した。

人的要因
① 船長は引き返す判断をしなかった。仮に引き返す判断をしたかったとしても、持っていた手段で会社と連絡を取ることはできなかった。
② 戻り道では明らかに船のスピードが落ちていたが、船長は対応をしなかった(ただし、気づいてはいた。おそらく経験が浅いこともあり、軽視した)
③ 実は近くに「避難港」として指定されている小さな港があり、そこに一時寄港して波がおさまるのを待つこともできた。しかしこのことが船長に伝わっていたかどうか不明。知らなかった可能性もある。

4 事故の直接の経緯

① まず、波が高くなり、船の低い壁を超えて、船首部分に水がかかるようになる。
② 船の揺れもあって、もともときちんと締まらなくなっていた船首のフタが開いてしまい、水が入り込む。
③ しかし、船の構造上、船長がこれに気づくことはできない。

④ 水が入りこんだので船はやや傾き、重くなるので速度も遅くなる。
しかし、下の4つの部屋のうち、最初の2つまで入り込んだ状態では傾きが小さいので、揺れる船の中で気がつくのは難しかった。
実際、最初に同業他社とアマチュア無線で話したときには、船長は速度が遅いことしか気づいていなかった。

⑤ 3つめの部屋は下から数十センチのところに電気系統があり、水をかぶるとエンジン自体が動かなくなる(エンジン本体が無事でも止まってしまう)。船長が異常に気づいたのはこのとき。
⑥ エンジンが止まる段階から沈むまでの水の量の差は小さく、気がついたときにはかなりすぐに沈んでしまう状態。救助を依頼したくても、auの携帯とアマチュア無線しかないので118通報ができない

⑦ さらに、波によって、もともと擦り切れてきていたフタの留め金が折れ、金属のフタが船の前側の窓を直撃。そこからも水が入り始める。おそらく乗客が異常に気づいたのはこのとき。船長が同業他社からの指示に従い、乗客のドコモの携帯電話から救助を要請。

⑧ 船は急速に沈む。救命胴衣や救命浮器があっても、水が冷たいのですぐに意識を失い、それによって海に顔が落ち溺死となる(判明している全員が死因は凍死等ではなく溺死)。
⑨ 救助の機関はいずれも遠かった上、船は位置情報を出す機器を積んでいなかったので場所の特定が難しく、助かる時間にはたどり着けず。

5 報道されたが関係なかったこと

① 船底に傷・穴があったのは、内部まで貫通はしておらず、事故の原因ではない。
② 原因は座礁や衝突ではなく、地形とも直接は関係ない。

原因を整理する

1 重大な要因

① なぜか通信手段をauにする申請が通ってしまった。船長がドコモか衛星電話を持っていれば、会社と連絡を取って引き返したり、早く救助を要請したりできた。
② 4つの部屋をつなぐ壁の穴をすべて完全にふさいでいた場合、船は沈まなかった(報告書で検証済み)。
③ 船長は経験が少なく、船の異常に対し適切な対応が難しかった(ただし、忠告を無視して出航したのは社長が怖かったからかもしれない。不明)
④ フタが締まらなくなっていたのは、本来ならば修理されるべきだった。フタが開かなければ、船は沈まなかった。
⑤ 法令で決められている救命具が寒冷地に合っていなかった。船型の救命具があれば、助かった人がいたかもしれない。

2 遠因

① もともと波の少ない場所で使うための船では無理があった。
② 天候がやや予想外の動きをした。午前中から荒れていれば行かなかったかもしれない。
③ 避難港はあまり使われておらず、知名度が低かった。
④ 社長の違法な管理者就任やベテラン解雇などの体制の問題、ひいては問題が起きても言いにくい土壌
⑤ 法令で決められた装備の中に位置情報を発信するものがなかった。

3 どうしようもなかったこと

① フタが操縦席から見える位置になく、異常に気づけなかった。
② 水が入り込んだ際、気がつくほど傾いたときにはもう余裕がない構造だった。
③ フタが飛んで窓が割れたあたりは本当に誰も予想できない事態。

教訓

この報告を読むと、色々なことに気づかされます。ここでは3つ取り上げます。

まず、素人目に見ても分からないことはあるという話。
報道では船底の穴のことなどが何度も言われていましたが、実はそれはまったく関係がなく、一度も登場しなかったフタ(正式名称ハッチ)が真の原因だったと…。
犯罪に関する報道などもそうですが、不確定な要素を大々的に報道する例も多く、頭から信じすぎないように気をつけたいところです。

それから2つめは、世の中の重大事故というのは、誰かがすごく大きい決定的な不正やミスをしたからではなく、本当に小さなことの積み重ねで起きているということ。

もちろん社長がウソをついて管理者になっていたことや、そのほかにも体制の不備、それから船や連絡手段の修理をきちんとしていなかったことなど、法令違反かどうかはさておき、問題はたくさんありました。
しかし、実際に事故の原因になった直接の問題は?誰が犯人なのか?というと、ひとつひとつの小さな問題の積み重ねの結果であって、絶対的な瞬間というのはないのです。
特に直接の原因になったフタの件など、おそらく点検をした関係者も「まあ経年劣化だけど、とりあえず問題はないしこのくらい」と思って放置したのでしょう。まさかそれが沈没につながるとは思いもしなかったに違いありません。

「まあいいか」が積み重なればどれだけ大きな事故につながるか、普段私たちは忘れがちです。
これをきっかけに、「まあよくないよな」と思えるようになりたいものですし、皆がそう思え、報告できるような職場づくりというようなことも考えたいものです。

そして最後にもうひとつ、経験者と経験は大事にしようという話。
マニュアルがないのが良くないとかそんな話もありますが、やはり経験しながらでないと伝えられないこと、学べないことってあるもので。
「こういうときはやばい」というような危険を見逃さない肌感覚や、避難港の知識や利用のタイミング、個別の問題への対応などは、船長がきちんと経験ある人のもとで経験を積む機会を得ていれば入手でき、事故防止につながったのではないかと思います。

少し長くなりましたが、一次資料を読むよりは簡単に、しかし要点を押さえて解説できたかなと思います。
(でも私は海事関連はシロウトなので、細かい点で取り上げ漏れなどがあったらすみません)
今回の資料はあくまでも経過報告なので…そして経過報告が出たというニュースはあまり話題にならなかったので、今後、最終報告にも気をつけておきたいところです。

ちなみに法令ネタの人らしいことを一応書いておくと、今回報告書で指摘されている問題は社長を含む一般人の法令違反よりも(それが重大ではないということではないのですが)、法令や関連機関自体が抱える問題です。
救命具が寒冷地に合っていなかったり、位置情報を出す機器を載せていなくても違反ではなかったり、auの携帯が認められてしまったりといった問題について、これから国が絡んで解決していくことになるでしょう。

原因がどうあれ、というか、こんな複合的な原因だったからこそ、ご遺族の方にはますます耐えがたいと思います。
せめて亡くなった方のご冥福をお祈りして、このnoteを終わりにします。

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