ライクキッズTOBにみる親子上場の問題点

保育事業を展開するライクキッズ、2020年4月期決算発表と同時に、50.1%の株式を所有する、親会社ライクによるTOBが発表となった。このTOBは、ライク、ライクキッズの経営施策の変遷をみる限り、親子上場におけるコーポレートガバナンス上の問題があると考えるので、ここに説明しておく。
将来を担うような多様な企業を間接的に支援する、 社会にとって必要不可欠であろう株式市場の公平性・健全性をどうやって実現するか、市場に関わる多くの人に考えて頂きたい。

ライクグループ成長を担ってきた保育事業

ライクは、創業者である岡本社長が広島銀行を退職後、旅行代理店、携帯電話販売代理店を経て、携帯電話販売店向けの人材派遣を始めたのが会社の出発点である。携帯電話の普及とともに業績を伸ばしてきたが、販売店向け人材派遣が頭打ちになった段階で、人材派遣先としてシナジーが見込まれた、保育事業(2015年に旧サクセスホールディングスを連結子会社化)、介護事業(2013年に旧サンライズ・ヴィラを連結子会社化)を買収し、業績を拡大してきている。

ここで、ライク、ライクキッズ、両社の近年の業績推移を振り返ってみる。

ライク、ライクキッズの業績推移

特筆すべきは、売上がライク:ライクキッズの比率が50%未満であるのに対して、経常利益は50%強、2018年度に至っては親子で大きく変わらない数値となっていることである。

ライクキッズが近年のライクグループの中核を担ってきたことは、人員構成にも表れている。現在においては、パート、アルバイトの職員を含めると7000人の職員に対して、子育て支援サービス事業で5000人が占めている。

2019年5月期末の従業員状況

ライクキッズ子会社化前の人員構成と比べると一目瞭然である。

2015年5月期末の従業員状況

業績拡大と連続無配

ライクグループの成長エンジンとして役割を担ってきたライクキッズであるが、3期連続無配の状況である。

ライクキッズ配当業績、配当推移

理由として会社側が上げているのは、保育ビジネスが極端な先行投資を必要とするビジネス、ということである。保育園の新設は、物件をスケルトンの状態で保育事業者が借り上げ、1億前後の内装工事を行い、開園後、その費用の9割近くが設備補助金として自治体からの支援され、収入となる。人材募集等に係る費用を含めると開園後数年はキャッシュはほとんど残らない。

ライクキッズ:2019年4月期キャッシュフロー計算書

先行投資で保育園を新設し、キャッシュは補助金という形ですぐ戻ってくるが手元に残らない。この会計方式だと、会計上の利益はキャッシュと比べて先行して初年度に計上され、費用は毎年償却費という形で計上されていく。このような会計上の理由により、営業利益と経常利益、利益とキャッシュ、の差異が大きいいびつな決算が続いていくことになる。

補助金による会計上のいびつな状態を解消する方法として、圧縮記帳、という会計手段がある。新規開園に伴う有形固定資産取得費から補助金分を控除し、BS、PL上の影響を少なくする方法だ。実際、同業のSERIOホールディングスなどは、圧縮記帳の方法を取っている。

SERIOホールディングスの圧縮記帳

ライクグループにおいては、圧縮記帳方式は採用しておらず、結果として施設整備補助金による増収増益が続いている形になっている。

計画的に進められた完全子会社化

該社に関しては、東証1部上場維持に必要な単元株主数(2000名)を割り込んでいるため、2019年8月より2部市場替えの猶予期間に入っている。株主数不足による猶予期間入りは、2016年、2017年に続いて3回目となる。3回目の猶予期間入りというのはほとんど例がない。

株主数不足が生じている場合は、2部指定替えの他の基準(債務超過や時価総額など)と違い、対応が比較的容易であることから、多くの企業が猶予期間入りした後、もしくは株主数不足が判明している場合は事前に対策を取ることによって、2部降格を回避している。その結果、過去10年において株主数不足による2部指定替えとなった企業はない。よく使われる対策としては、以下の方法である。

株主優待新設

株主優待を新設することによって株主数対策を行う企業は非常に多い。実際親会社のライクも、株主数対策として株主優待の新設、拡充を行っている。しかしながら、3期連続無配という状況である。無配にも関わらず株主優待を行っている企業もあるが、株主平等の原則からみても好ましい還元施策とはいえず、株主優待の新設は難しいだろう。

売出及び立会外分売

株式の売出もしくは立会外分売によって株主数対策を行う企業も非常に多い。これは実施した時点で実際の株主数に関係なく、形式的に要件を充足したとして猶予期間解除となるためだ。この対応を難しくしているのが、該社の株主構成である。現在50.1%を親会社ライクが保有することにより、ライクの連結子会社となっている。仮にライク保有株式を売出もしくは立会外分売を行った場合、連結子会社から外れる形となる。ライクキッズの利益は今期予想ベースでライク経常利益の60%を占めており、損益への影響は極めて大きい。次善の策として2015年に親会社ライクが引き受けた10億円の転換社債(詳しくは後述)の権利行使後、売出もしくは分売することでライク保有比率50%を維持しつつ、株主数の要件充足をすることも可能ではあるが、新株の取得価格は672円と現在の株価水準からみて下回る可能性も高いことから、この対応も難しい。

株式分割

株式分割によって売買流動性をあげ、単元未満株主の単元株主化する対策もよく行われる。ライクキッズも2回目の猶予期間入りした際にはこの対策で2部降格を回避している。しかし、株価は低位のまま推移しており、仮に2分割した場合、東証が単元株価として推奨している水準(500円~5000円)を下回ることとなる。また、中間期の株主数(会社四季報によると1607名)がかなり不足していることから、実効性として回避することは難しいと思われる。

以上のように、株価が900円を超えている早い段階であれば可能であった対応も、株価の低迷により難しい状況になってしまい、なんら対応策を打てないまま、判定基準となる決算期末(2020年4月末日)を迎えてしまった。今回のTOBと同時に、2部指定替えの見込みであることが開示された。

行使されない転換社債

先行投資するにはキャッシュが必要ビジネスモデルであることから、ライク子会社となって早々に、ライクを引受人として10億円の転換社債(転換社債型新株予約券付社債)を発行している。この転換社債の特徴は無利子ということである。

転換社債は、利子というインカムゲインとしての側面と株価上昇時の株式転換売却益というキャピタルゲインとしての側面、両面併せ持つ金融商品である。無利子ということでインカムゲインとしてのメリットはなく、引受側の意図としては、キャピタルゲインか企業支配の強化、を狙ったものであろう。

転換社債の行使にあたっては、条件(経常利益9億円以上)をクリアする必要があるが、早い段階(2017年4月期)でクリアしている。

転換社債は、償還期限と発行価格と株価の乖離状況が、権利行使するべきかどうかの判断材料となる。一般的に発行価格に対して80%ぐらいの乖離が生じた段階で行使されることが多いようであるが、無利子であることを考えると50%を超えた段階では権利行使するのが合理的と考えてよいだろう。

条件を早い段階でクリア、権利行使価格(672円)を大幅に上回っている期間がしばらく続いたにもかかわらず行使されない、そうなるとこの転換社債の引受は企業支配の強化を意図したものであった、と考えてよいだろう。

ライクキッズの株価推移(赤線がCB転換価格672円)

本社の統合と社長交代

ライクキッズは2020年に入って、オフィスの移転(ライクグループの本社、渋谷マークシティ)と社長の交代(旧サクセスホールディングス出身社長の退任とライク出身者の就任)を発表している。

保育事業の他に事業進出した介護事業に関しては、旧サンライズ・ヴィラ社を子会社化後、完全子会社化している。

東証1部に執着がなく、キャピタルゲインが得られる転換社債の行使は行われず、人、場所の統制を進めていた。以上の状況からみて、早い段階から完全子会社化が大前提であった、とみてよいだろう。

親子で全く異なる配当政策

無配が続くライクキッズに対して、ライクの配当性向は極めて高く、30%~80%で推移している。配当に加えて単元当たりの利回りの高い株主優待も実施しており、総還元性向はかなり高い。

ライクの業績、配当推移

保育ビジネスが投資先行型で成長フェーズでは、還元より投資優先となる、という側面はある。が、それにしても、利益の50%強を稼ぐ子会社が無配で、その子会社におんぶにだっこの親会社が30%を超える配当を出す、というのは極めて非合理的で不自然な配当施策であるだろう。

この親子でいびつな配当施策が3年に渡って続けられた結果、相対的に損をしたのは、無配に甘んじるしかなかった子会社少数株主であり、相対的に得をしたのは、子会社に依存した業績ながらも高配当を受け取れた、親会社大株主及び親会社のストックオプション保有者となる。

子会社取締役、従業員に親会社株式が付与されるストックオプション

ライクは報酬制度のひとつとしてストックオプションを発行しており、その対象はライクのみならず、子会社取締役、子会社従業員と対象者は幅広い。その権利行使条件は、親会社ライクの業績(既に条件達成済)である。一方、ライクキッズ単独としては、ストックオプションは無い。つまり、ライクキッズの取締役、従業員は親会社ライクの業績と株価を上げるインセンティブが働く仕組みとなっている。実際利益相反が生じたかどうかはともかく、構造的に利益相反を誘発するガバナンス体制となっている。

ライクのストックオプション

上場子会社、そこに独立性はあるか

保育園ビジネスは新規開園後、数年経過すると安定的な収支が見込めるビジネスである。この点はライク岡本社長も繰り返し説明している。

国が推進する保育園 急成長の保育事業とは!?|ライク岡本泰彦社長(2/3)

https://www.youtube.com/watch?v=KQXx2ccIknY&list=PL9-c-3mbr0wCk4z-y1wJu9Me6-3eRMQpL&index=2

いびつな配当施策が続けられた結果、ライクとライクキッズの時価総額の差異は業績と比べて著しく乖離が生じ(ライク316億、ライクキッズ78億)、これから収益が安定化してくる、その段階で行われたTOB。TOBプレミアムからみても、子会社少数株主が不利益となるTOBの可能性は考えられる。

現状、日本の会社法では、支配株主(親会社)が少数株主に対して何らかの配慮義務を有するとの規定は存在せず、判例上もそうした義務は示されていない。親子上場の中でも、特に親会社の株主構成で議決権の過半を有する支配株主がいる場合、親会社支配株主の意向を拒否することは実行上不可能である。

ライク岡本社長は、ライク50%以上の議決権を有する支配株主である。子会社一般株主の利益に十分配慮されていたのか、公器たる上場企業経営者としての資質が問われるところである。

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