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縦割りビルヂング ~日常と有終のビル~ TOCビル・前編

 先月から徐々に公開している縦割りビルヂング、今回からまた別の場所のルポを進めていこうと思う。
 まだまだ始めたての企画ではあるので、これからも色々なビルに出向きながら、より魅力を伝えられるように試行錯誤していく予定だ。

 さて、今回からは五反田駅から徒歩10分程の位置にある「TOCビル」を取り上げることにした。
 長年卸売業者が集まる一大拠点として発展してきたこのビルは、老朽化が進んだことから来年取り壊されることが決まっている。同じ敷地に新TOCビルとして生まれ変わる予定ではあるが、そっくりそのまま同じテナントが入るとは想像しにくい。つまりは今を逃してしまうと二度と見られない風景が広がっているはずなのだ。

 事前にフロアマップを見た限りでは、前回の東京交通会館よりもさらに回れる場所が多そうでワクワクする。気合を入れて探索していくことにしよう。

外観・1F

 五反田駅からまっすぐ道なりに歩くとTOCビルに着いた。平日は無料の往復バスが通っているが、休日は運行しないことにバス停で気付いた。仕方なく10分程足を動かしたのはそこそこの誤算だ。
 前にかかっている歩道橋から全体を見回してみる。外から見ると決して派手なビルではないな。壁も落ち着いた茶色で、周囲の無機質なグレーのビルと比較すると少し暖かみを感じる。迫力はあるが、かといって圧迫感や怖いといった印象はない。まるで沢山の雑居ビルが合体して一つの大きなビルになったようだ。そこはかとない「キングスライム」感があると言えば伝わるだろうか。

 1階に降りてみると、ホテルのようなレイアウトになっていることにたじろいだ。前にはタクシーやバスが乗り入れられるスペースが大きく広がっていて、8月の訪問では歩道側にミストの装置が取り付けられていた。最近の施設はどこもかしこもミストが設置されているなぁ…冷房のかかった屋内に入った方が涼しいことは間違いないが、あくまでビル側の心遣いということだろうか。周りにはごく普通の買い物客、何なら子供を連れた家族の姿も多い。一体どんなテナントを目当てにして来た人なのだろう。

 玄関から早速エレベーターホールが見えた。昭和のビルはどこもエレベーターに勢を尽くしているのか。古いビルとは思えない高級感のある空間が広がっている。ざっと見ただけでも7~8台のエレベーターが稼働していた。

 すぐ左手には大きなユニクロが。建物のつくりがしっかりしていることと、リノベされていることもあって全く古さは感じない。むしろどんな場所に入ってもユニクロは”ユニクロの店構え”を作ってしまうんだなぁと感動する。先程ロビーで目にした家族も吸い込まれるように入店していった。「ここ目当てか!」という答え合わせがすぐ来てしまって少し拍子抜けしたが仕方がない。それだけユニクロの魔力は強大ということだ。
 反対には昔ながらのブティックや病院が並んでいた。エレベーターを挟んで随分対照的な出店だな。そのまま進んだ先に半地下に降りていく階段があるのは、おそらく坂の上にそのままビルを建てたことによる高低差が原因だろう。

 数段下りて真正面にはABCーMARTのアウトレット店があり、そこから雑貨店・自転車用品店が続く。ビル全体が閉業する以上当たり前なのだが、どの店舗も何らかのセールをしているのは少し寂しい。自転車屋も既に移転が決まっていて、TOCビルから帰る途中に準備中の新店も見つけてしまった。これだけのビルに莫大な数のテナントが入っているのだから、取り壊すとなれば蜘蛛の子を散らすように様々な新店舗が生まれるのだろう。そういった新しい店たちが五反田というエリアに何とか収まってくれれば、そして建て替わったビルに戻ってきてくれれば…と淡い期待を抱いてしまうが、実際はそうもいかないだろうな… 再建後は今より遥かに背が高いビルになるということだから、テナント料も間違いなく上がるだろうし。レトロ感を楽しむという行為自体も、あと数か月間の贅沢だ。

雑貨店やアパレル店・靴店が並ぶ。半地下というものの、建物側面の入り口で地上と繋がっている。

 企業に向けてなのか地下には小さな郵便局が併設されていた。照明が落とされていて総数は把握できないが、相当な量の私書箱も並んでいる。通路を挟んで向かいにはビルの管理会社の事務所が入っていた。ちょっとした玄関と階段があるだけの形式からして、実質的なフロアは2階にあるということか。

 裏からエレベーターホールに戻ろうとすると、業務用のエレベーターが集まるもう一つのスペースに辿り着いた。こちらは利用者用と異なり、大きな荷物を運ぶためだけに作られた無骨な空間だ。リフトやごみ箱もどこか乱雑に並んでいて、決して人を出迎えるという雰囲気ではない。建物としてのオフの側面を見てしまったような気がするが、働いている方にとってはこちらが本来の姿なのだろう。

いかにも業務用という無骨さ。何でも運べそうな広さがある。

 2階より上にも様々な店が広がっているのは間違いないが、まずはエスカレーターを使って下に降りてみることにする。何だか色々な食堂やレストランもあるようだし、「縦割りビルヂング」と銘打っている以上、下から順番に巡ってみなければ。


B1F

 エスカレーターを降りると、1Fよりもさらに雑居ビルの雰囲気が出てきた。ところどころ照明が暗くなっていたり、絶対にチェーン店ではなさそうな飲食店が軒を連ねていたりして、良い意味で統一感は薄いフロアだ。

 1回目に訪れた時はお盆休みの時期だったが、それでも人通りは中々多かった。エスカレーターの左手は飲食街、右手は雑貨・ブティック街といった感じで分かれていて、奥にはドラッグストア・ダイソー・ユザワヤといった大手の店が広がっている。ジャンルによって大まかな棲み分けはなされているらしい。

エレベーター横のフロアマップ。基本はグルメと雑貨のエリアということか。

 写真で撮ると分かりづらいが、店が営業していない場所は所々通路が暗いな… 足がすくんだりということは全くないが、建物全体が終幕に向かっていることは間違いないようだ。この時期に出店する業者がある訳もなく、空いたテナントもそのままになってしまっている。周りが閉店セールで人を集めているだけに、その対照的な姿が物悲しいな。

食堂や喫茶店に挟まれるように伸びる通路。実際に歩いてみるとそれ程明るくはない。
閉店した場所はそのまま空きテナントに。流石にこの時期から入る店はないか。

 とりあえず腹ごしらえと行きたくて定食・中華料理が有名な「志野」に入店した。一番人気の肉七味炒め、通称「ニクシチ」にも食欲をそそられたが、今回はチャーシュー麺と半チャーハンのセットを頼んでしまった。こいつまたチャーシュー麺を頼んだのかと思われるかもしれないが、正直自分もそう思う。勿論チャーシュー麺は美味しかった。どちらかというとしっかりしている豚肉もスープの味と調和していたし、チャーハンもパラパラかつ香ばしい一品でレンゲが進んだ。ただ周りが「ニクシチ」を頼んでいるのがやっぱり気になる… 後半年くらいで取り壊されてしまう名店で何をやっていたんだという後悔は今でも残っている。リベンジの機会が作れればいいけれど…

普通に美味しいチャーシュー麺だったことは強調しておきたい。

 一通り満腹になったので店外も散策してみることに。個人店が外側に、チェーン店が建物の中央付近に集まっているというレイアウトもかなり珍しいな。道なりに歩いていっただけではサブウェイやゆで太郎をスルーしてしまいそうになる。テナントが入った時期が関係している可能性もあるかもしれないな。個人店では上手く行かずに開いていたエリアを埋めるように入ったのかもしれない。

 エスカレーターから右側に歩くと、安さを売りにしたお店が並んでいる。森永のアンテナショップ「森永のおかしなおかし屋さん」の看板も目に入った。有名なお菓子は過不足なく揃っているし、おかしい所が一つもない店舗だ。最近飲んでいるプロテインまで売っていて、至れり尽くせりなラインナップに嬉しくなる。ちょうど無くなりかけていたこともあり、900グラム入りのココア味を迷わず購入した。
 さりげなく置かれたキョロちゃんの看板も真新しく、老舗というよりは臨時店舗という趣だった。ちなみの同名の店舗は東京駅と通天閣にあるとのこと。ここで試験的に商品を売って、評判の良かったものだけ一等地で販売、なんてケースもあり得るか。

 中々縁の無いジャンルとしては、ブティックや化粧品の安いお店も集まっていた。化粧品店はメタルラックから零れ落ちる程にギチギチに陳列されていて中を覗くのも難しい。またブティックの名前が「jungle」というのも良い。反対側には「jungle2」の看板があった。まさか五反田の地下でジャングルに挟まれるとは思わなかった。心なしかヒョウ柄の服も多いような気がする。随分とディープな東京を覗いてしまっているようだ。

 スポーツ用品店「ロンドンスポーツ」も破格の値段設定をしている。著名なメーカーのTシャツがサイズ毎にぎっちりとかけられている様子は、普通のショッピングモールにはない光景だ。部活をやってる子供がいる家族には相当重宝する店だろう。店員さんが顔を出して呼び込みを図っているのもいかにも個人商店らしかった。運動着が足りなくなったらまた来ようか…

 最後に喫茶店「マーブル」にも足を運んだ。間違いなく純喫茶という内装のお店だ。ラストオーダーが近かったようで、コーヒーフロートだけ頼んで席に着いた。
 中を見回していると、天井に丸く開いた穴が気になった。大きく切り抜かれた空間の縁に、隠れるようにして照明が取り付けられている。これだけ存在感はあるのに激しさを感じさせないところは素晴らしいな。取り壊される前にこの空間を知ることができて良かった。
 コーヒーフロートにはまたしてもたっぷりのガムシロップが付いていた。時間がないとは知りつつも、できる限り味わって完飲する。もしどこかで営業を続けてくれるのなら、次はフードメニューを頼んでみたいと思わせるお店だった。

基本的に携帯は控えてほしいという注意書きが。どうしても撮りたくて隠し撮りのようになってしまった。

 あまり地下にいるのも勿体ないか。腹ごしらえも休憩もできたことだし、エスカレーターを使ってどんどん上へ上がってみよう。

3F

 2階はどうやら事務所があるらしく、エスカレーターもエレベーターも繋がっていなかった。半地下の事務所にあった階段から上った場所にオフィスフロアが広がっているのだろう。2階だけ入れないというのも結構珍しい。

 1階・地下1階とは違って、かなり事務所が多くなっている。「見えない2階」の存在で、ビルの雰囲気が知らぬ間に変わっていたのかもしれない。突然オフィスに囲まれて、何だか入ってはいけない場所に来てしまったようだ。確かに長いエスカレーターに乗って来たがここまで別世界になるとは。

 実は3階と裏の駐車場、そして建物の側面にある坂は通路で繋がっていて、搬入用の階層としての役割も強いようだ。角度のある坂の上にそのまま建設したことが、かえって立体的な用途を生み出しているということだろう。たった今荷物を運びきったという様相の作業着の方ともすれ違った。ますます冷やかしの客が来る所ではないのでは…?という心配が強まってくる。行儀良く、迷惑をかけないように歩くことを心がけよう。

横にある坂と3階を繋ぐ通路。搬入者を確認するための受付もあった。

 殆ど立ち入ることのできるスペースは無かったが、「ならや本舗」には入店することができた。書道関連・日本画関連の道具を取り扱っているお店のようで、狭くないはずの敷地が紙や段ボール・書道用品で埋め尽くされていた。筆も見たことないレベルの大きさのものが並んでいる。恐る恐る値札を見てみると10万円を悠に超えていた。いったいどれだけ熟練した書道家が使うのだろう。これだけ大きな筆で書いた文字を一度見てみたいものだ。
 自分は全く書道に造詣が無い人間なので、便箋や封筒と一緒に置かれていた絵葉書を購入した。適当に手に取った2枚にはそれぞれ雷門と鮎が書かれている。ラインナップに金閣寺や京都駅がないのを見ると、つくづく関東に戻って来たんだなぁと感じた。これからは東京を中心に色々と頑張らなければ。

いかにも専門店という内装。業者の方の姿もちらほら。
反対には日本画や美術品が置かれていた。

 これより上は事務所がメインになってしまいそうだ。それぞれの階で面白そうな店や施設を探してはみたが、一部抜粋しながらの紹介になると思われる。神社があるという屋上までペースを上げて案内していくので、もう少しだけ待っていてほしい。  (後編に続く)

 

 

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