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歌舞伎座の怪人

江戸時代初期のある晩、歌舞伎座の舞台裏でお栗と龍が静かに立ち尽くしていました。月明かりが舞台の隅々まで差し込み、木の香りが漂う中、お栗は紅梅の髪飾りをつけ、紅い唇をほんのり咲かせていました。彼女の美しい瞳には、舞台の輝きに胸を躍らせる情熱が宿っていました。

龍はお栗の背中にそっと手をかけ、心の奥深くに秘めた恋心を燃やしていました。その眼差しは瞬く星のように澄み渡り、彼の魂がお栗に寄り添うような優しい光を放っていました。

歌舞伎座には謎めいた怪人が現れ、その存在は都の風に揺れる芸者や町娘の間で噂になっていました。彼の足跡は舞台の陰で息を潜め、興行主に月給の高騰や特別な席を要求し、謎めいた手紙や駄洒落のある行動で舞台裏に存在を示していました。

ある日、舞台では壮大な演目、「寿曽我対面」が上演されることになりました。人気役者のお唐がその舞台の主役となり、その美声で観客を魅了することになったのです。しかし、上演中には起こりえぬ悲劇が舞台を襲いました。お唐が声を失い、まばゆい照明が客席に突如として落ちてきたのです。

深夜の闇に包まれた舞台裏で、怪人はお栗を連れ去り、歌舞伎座の地下に導きました。彼は彼女を屋形船に乗せ、風に揺れる水面のさざめきと、地下深くに広がる湿った空気の中でお栗に寄り添い、彼女の心を捉えたいと願っていました。しかし、お栗が怪人の仮面を取り払い、その顔を目にした瞬間、彼女の心に悲哀が広がります。怪人の鼻も唇もなく、目には奥深い闇が潜み、黄ばんだ皮膚が彼を包み込んでおりました。

お栗は思いもかけない姿に心揺れ動かされました。彼女の内なる和の心が戸惑いの渦に巻き込まれ、瞳からは悲しみの涙が滲んでおりました。

怪人はお栗を縛り付け、彼女の自由を奪おうとしました。しかし、お栗は心の奥底から力強い意志を湧き上がらせ、怪人に対抗しようと決意しました。彼女は自らを取り戻すため、怪人との囚われの身からの解放を望んだのです。

二週間後、お栗は怪人との契約を条件に自由を手に入れました。怪人は簪をお栗に託し、約束を交わしたのです。お栗はその瞬間、新たな力と決意を胸に抱き、歌舞伎座に戻ることを決めました。

彼女は裏楽屋に身を置き、天使の声を求めて厳しい修練に励みました。静寂の中で彼女の歌声は次第に逞しさを増し、花のように咲き誇る美しさを持つようになったのです。舞台に立つたび、お栗の声は響き渡り、観客たちの心を揺さぶる存在となりました。

しかし、お栗の新たな輝きに嫉妬心を抱いていたのは、彼女の恋人である龍でした。彼は屋根の上からお栗の姿を見つめ、心の中で激しい感情が渦巻いていたのです。

ある晩、月明かりが舞台を照らす中、龍は屋根の上からお栗に向けて心の内を告白しました。夜風がやさしく二人を包み込み、龍の言葉は和の風情と共に舞い上がりました。

「お栗よ、お前の進む道に嫉妬の炎が燃え立っている。しかしながら、その輝きを見つめながら、お前の幸せを心から願っている。」

龍の言葉が舞い散る中、お栗は微笑みながら彼に答えました。

「龍よ、あなた様の言葉が私の心に響き渡ります。私の歌声は決してお前との絆を傷つけるものではありません。むしろ、私たちの愛を深め、より一層輝かせる力となるのです。」

龍はその言葉に胸を打たれ、お栗の芯から湧き上がる強い意志を感じました。

やがて、お栗の姿は歌舞伎座の地下に広がる広大な舞台に向かって進みました。そこは怪人の隠れ家であり、彼が人知れず創り上げた神秘的な空間でした。

怪人はお栗を待ち構えており、自らを「江利久」と名乗ると同時に、彼の仮面がはがれ落ちました。その顔は、鼻も唇もなく、凹んだ目と黄色い壊死した肌に覆われた、見る者を戦慄させる姿でした。

お栗はその姿を目にした瞬間、心の奥深くで悲しみと同情の念が湧き上がりました。彼女は江利久の魂に秘められた苦悩と哀しみを感じ取りながら、彼に寄り添う覚悟を決めました。

二人の心は交錯し、深まる想いが静かな水面に広がる波紋のように広がっていきました。お栗は自分自身の幸せと江利久の救いを同時に願い、彼に寄り添う決意を新たにしました。

舞台上では龍とお役人がお栗を取り戻すために奮闘していました。地下深くでの苦闘が続く中、お栗と江利久の絆は深まり、彼らの心は不思議な調和を見せました。

そして訪れたある晩、寿曽我対面の舞台において江利久はついにお栗を誘拐し、彼女を自らの花嫁としようとしました。彼は舞台を爆破すると脅し、お栗との結婚を強制しようとしました。

しかし、お栗はただ一つの願いを口にしました。

「江利久よ、あなた様の心の闇に埋もれた魂が救われますように。私たちの愛は、絆を深める力となるのです。もし本当に私を愛しているのなら、暴力や脅しではなく、心の奥深くに眠る優しさと真実の愛で私を包み込んでください」

と、お栗は固い決意を込めて語りました。

江利久はお栗の言葉に少しずつ心を揺さぶられていきます。彼は過去の怨みや憎しみを振り払い、真摯な気持ちでお栗の言葉を受け入れる覚悟を固めました。

「お栗よ、私はお前を愛している。お前の言葉が私の心に届きました。許してくれ。私はお前のために全てを捧げます」

と、江利久は自らの闇を抱きしめるようにして言いました。

その瞬間、舞台が爆発し、炎が舞い上がりました。龍とお役人は舞台に向かって駆けつけ、お栗を救出しようと必死になります。

しかし、お栗は江利久の手によって舞台の奥深くに連れ去られてしまいました。彼女の心は複雑な思いで揺れ動きながらも、彼女自身もまた江利久を救いたいと願っていました。

舞台裏で、お栗は江利久の真実の顔を見つめました。彼の傷ついた魂が顔に写し出されていましたが、その奥には深い悲しみと孤独が潜んでいることがわかりました。

「江利久、私はあなたを見捨てません。私たちの愛を取り戻すために、共に闘いましょう」

と、お栗は涙を浮かべながら言いました。

江利久はお栗の言葉に勇気を取り戻し、彼女の手を握りました。二人の絆は、舞台の闇に包まれたまま、激しい戦いへと向かっていくのでした。

お栗の瞳には決意が宿り、江利久の瞳には再び燃え盛る闘志が宿っていました。

「江利久よ、私たちは運命に縛られることなく、自由な愛を手に入れることができるはずです。闇の中で己の本当の姿を見つけ、心の傷を癒しましょう」

と、お栗は静かな声で語りました。

江利久は彼女の言葉に深く共感し、己の魂の傷を癒すために決意を固めました。彼はお栗に向かって一歩ずつ近づき、彼女の手を取りました。

二人は舞台の奥深くで、月明かりの下で結ばれました。その瞬間、お栗の歌声が舞い上がり、響き渡りました。それは、新たに生まれ変わった美しい歌声でした。

そして、舞台袖からなぜか花火が打ち上げられ、その美しい光と音が舞台を彩りました。人々はなぜか感動に包まれ、拍手喝采が轟きました。

終幕

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