3,私の高校時代とラジオ

気づいたら1年半は放置していたけど
記憶が濃いうちに言葉に記しておいた方がいいから更新。

私の高校時代のラジオの記憶。
高校1年の時のラジオの記憶はなぜか抜けている。
ラジオを聴くのはやめていない。中学生までの延長で生活の中で聴いていただろう。
当時の好きだった人がバンドが好きだったから
私も邦ロックを開拓していた。
ツタヤでたくさんのバンドのたくさんのアルバムを借りて
聴き漁って、好きな人とは違う「私が好きなバンド」を見つけようと
探しまくっていた。たくさん音楽を聴いていた。

高校2年の初め。まだ席が出席番号順の時期、春。
クラス替えしたばかりの新学期あるあるで
自己紹介に趣味などを書く欄があった。
前の席に座っている男子が、趣味の欄に「ラジオ」と書いていた。
そこから聴いていた番組がほとんど同じだったことがわかった。
「魂ラジ」の存在は大きかった。
高2の私はまだオールナイトニッポン1時台はほとんど聴いていなかった。
早くに寝ていたのか、JUNKを聴いていたのか、どっちだっただろうか。

前の席の子がその時始まったばかりの「星野源のオールナイトニッポン」を勧めてくれた。
そこから1時台オールナイトニッポンに足を踏み入れた。

アルピーの面白さを知っていたその子が
TBS24時台三兄弟が始まる時も「絶対面白いから!」と
勧めてくれて、初回から聞いた。

高2から高3ではクラス替えはない学校だったので
その子とはずっと今もラジオ界隈の話をする大事な友達。
月曜日の朝は「大倉くんと高橋くん聴いた?」と。
親より上の世代でよくきいた話
「ラジオを聴いておかないと翌日学校での話題についていけない」
その感じで毎日ラジオの話をする平成末期の高校生だった。
ラジオの話は毎日新しく生まれるので永遠に話すことがある。
「あれ聞いた?」「これ面白いから聞いて!」今でもこんな話ばかり。
佐久間さんのドリエンは一緒に行った。
深夜ラジオの扉を開いてくれたのは彼かもしれない。本当に感謝している。

大学受験の高校3年生。
部活をやってた生活でラジオを聴いていた時間と比べて
勉強時間をお供してくれる番組が足りなくて
どんどん聴く番組が増えていったのはこの時期。
radiko プレミアムにも入っていたので
FM802のROCK KIDS 802はよく聴いた。
スクールオブロックの関西版と思っていたが
802の方がなんだかリスナー同士、リスナーとオチケンさんの距離が近い番組に感じた。
24時台三兄弟・オールナイトニッポン・オールナイトニッポン0も最大限に聴いてたし、JUNKもおそらく毎曜日聴いていたし、
リアルタイムで聴いていた番組もあるし、
無限にラジオを聴いていた。勉強もしていたはず。
受験生時代に聴く番組を増やしすぎて
大学にはいってから聴く時間が足りなくて苦しんだ。

部活の仲間にはラジオの話をしても
スクールオブロックを一部の人が少し聴くというくらい。
この頃、ラジオを聴いている人が少ないことを自覚したと思う。

JUNKは私が聴き始めた時にはもう今のメンバー。
伊集院さん、爆笑問題、山ちゃん、おぎやはぎ、バナナマン。
オールナイトニッポンのように入れ替わりがないから
自分がいつ頃から JUNKを聴き始めたのか全然わからない。
きっと自然に聴き始めていたんだろうと思う。
ラジオは生活の一部だったのかもしれない。

高校生の頃にタイムフリー機能ができた記憶がある。
「自室にスマホを持ち込んではダメ」という家のルールがあった我が家。
タイムフリーのためには家族共用のipadを持ち込んで良いルールだったし、
部屋ではスマホを使えない分、
部屋で一人で過ごす時間や勉強のお供がラジオしかなかった。
深夜ラジオばかり聴いて寝不足なので
1週間ほど母から「ラジオ禁止令」が出されたこともあった。

ラジオのリスナー友達ができた高校生。
オールナイトニッポンや芸人ラジオの世界へ深く踏み出した高校生。
地方局も聴き始めた高校生。
音楽もたくさん聴いた高校生。
取り止めもなく書き連ねた私とラジオ 高校時代編 終わり。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?