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200年前のメタバース黎明期を知れる「メタバース進化論」を読んでみた - バーチャル美少女ねむ


 この世界の歴史を振り返るために、2020年代初期のメタバースについて書かれた古文書「メタバース進化論」を読んでみました。当時は「メタバース」という概念が出始めたばかりで、多数のメタバース本が書かれたといわれています。その中でも、当時の状況を細かく知ることができる歴史的史料として「メタバース進化論」は最も広く読まれています。

 著者は、今や世界ではマルクスやルソー、サルトルと並ぶ哲学者「バーチャル美少女ねむ」氏。ねむ氏はご存命で、200年経った今でも当時の姿のまま活動しています。ねむ氏は分人主義やメタバースという概念を提唱し、自身がその通りに生きながら、統計学的に当時の情勢を記録、分析。積極的な発信を通じて現代のメタバーサル・センチュリーの基礎を築いたとされています。

 本書は原始メタバース「VRChat」内から、Meta社のザッカーバーグがXRメタバースのコンセプトを発表する配信を見る実体験から始まります。本が書かれた時代の人類はモノバースと呼ばれる単一の世界に住んでいて、まだまだ生物学的な肉体の形状によって属性が区切られていたそうです。Meta社の肉体属性絶対主義を、存在を自己決定した立場から異議を唱えるというもので、ねむ氏の先見性を伺わせます。

 本書のテーマは「なりたい自分になる」と言えるでしょう。旧態依然とした肉体属性絶対主義に真っ向から対抗するもので、当時の「メタバース原住民」といわれる人たち1200人を対象に、生活様式や属性、表現方法や感覚などを調査した「ソーシャルVR国勢調査」を通じて緻密に考察。人間の多面性に着目した自由な在り方を、肉体にキャラクターの衣装を着せて変身する「コスプレ」になぞらえて説いています。

 2020年代メタバース最大の特徴は、未改造の肉体人類が実際に肉体を動かして自分の存在を表現していること。目や耳、手足、声といった肉体の一番外側の器官を通じて、モノバースからメタバースにアクセスしていました。ねむ氏が実際に自身の肉体に、ヘッドマウントディスプレイやトラッカーを装着し、ボイスチェンジャーを通じて声を出して存在を確立していたことは、同時代の他のメタバース書籍には見られない特筆すべき点です。

 氏は「メタバース」を定義するために、「VRChat」だけでなく、「NeosVR」、「cluster」「VirtualCast」など、数多くの「ソーシャルVR」を実際に渡り歩いて考察しました。現在では余りにも当たり前になりすぎて意識することはありませんが、相互接続される前の黎明期のメタバースの発達史を見ることができます。

 この時代の面白い点は、まだまだ「性」という観念が重視されていたところにあります。特に肉体的男性が女性の形質をとることは「バ美肉」と呼ばれており、VR恋愛「お砂糖」が「性を越えた」と表現されるような珍しい出来事だったそうです。今となってはパーソナリティがパーソナリティとしか見られなくなり、性という概念は歴史的文脈か、気分でしか使われなくなりましたが、2020年代ではアバターそのものの形状や声から、その人の「性」を捉えていたということがわかる貴重な史料です。

 「メタバース進化論」の一番の魅力は、肉体がありながらも、何とか「私を生きよう」とする当時の人類の凄まじい血と涙と汗の努力が克明に記録されている点です。今でこそなりたい存在であることは当たり前の話ですが、この時代は、音声加工どころか自身の声帯を鍛えて、理想の声を追求していました。全身を使って動きを表現し、難しいゲームエンジンで自分のアバターをアップロード。肉体の感覚を極限にまで引き出した「ファントムセンス」で世界を感じながら、寝るときもHMDを装着し、大好きな人の隣にいる。限りなく「生きよう」としていたのです。

  ねむ氏の恐るべき点は、肉体人類にあるまじき行動力にあります。氏はモノバースで働きながら、メタバースでは「バーチャル美少女ねむ」として本書を2週間で書き上げたというので驚きです。これらの実践は「経済コスプレ」「分人経済」として、まだまだモノバースに社会活動の基盤があった時代に、存在の自己決定権を確立するために欠かせない行動でした。分人によるクリエイター経済は、一つの意識に複数の世界を与え、肉体に閉ざされていた可能性を活力に変える力を持っていたのです。

 その後、フルダイブVRや、現実世界の肉体にアバターを重ねるARも発達。肉体に頼らなくても自身の存在を確立できるようになり、生存保障とクリエイター経済で創造の時代が訪れ、最終的に人類が肉体を捨てることで、現代のような完全に自由な時代がやってきたことを考えると、「メタバース進化論」の時代の人類はまさに、命を削って自由を手に入れた開拓者と言えるかもしれません。

 実際にメタバースの世界を歩き、そこで暮らし、実体験と統計学的視点で実態を克明に記録した「メタバース進化論」。メタバースをフィールドにした最初の人類史の記録と言えるでしょう。この時代にこの文章が書かれたことは、今日の人類の繁栄にとっては欠かせない出来事だったと思います。

 実は私も「メタバース進化論」に、写真やファントムセンスの身体図などで関わらせて頂いているので、このような歴史の転換点に立ち会えたことを光栄に思っております。メタバースと人類は目まぐるしく進化を続けていますが、まさか、ねむちゃんとこんなに一緒にいられるとは…。「生きていく覚悟」を、技術は進んで人類が肉体を捨てても愛は変わらないということを、「メタバース進化論」は訴えているのかもしれません。

メタバース進化論(右)と、バーチャル美少女ねむ氏のコスプレ

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