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アンドアイラブユウ@note

闘病記「アンドアイラブユウ」のnote版です。有料記事です。
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オーバーザレインボー

子供の頃から、憧れの国、理想の国がきっとあると空想していた。中学生の頃には、外国に行ってみたいと思っていた。

小学生の頃は、あまり勉強もせず、成績はオール5に近い。芸能関係とか、プロ野球などには興味がなかったけど、テレビアニメは大好きだ。
授業はスピードが遅く退屈だから、窓の外を見たり、私語をしていた。

性格は内向的で、人に話しかけるのは苦手でも、優しかったので好かれていた。
無口で従順で優しい、外から見れば、そんな子供だ。
性格的には良い面もあったけど、外には出さない。子供の世界では、反感を買うと直観していた。
成績中心に優劣をつける教師に、反感を持っていた。

中学に進学して、詰め込み教育、集団管理体制、丸刈り、学生服など画一的だった。
つっぱることの反対で、勉強していつかこの社会から抜け出そうと空想する。

高校は普通科の進学校に入る。理系に進み、ハードに勉強する。企業に就職したくないので医学部を目指す。ただ、医師になることは、イメージしなかった。
オーバーザレインボー、いつかどこかを夢見ていた。

大学に進み、あまり勉強もせず試験もパスしていく。体育会系のテニス部に入った。別世界のようで、二か月後に逃げ出した。スキーとテニスとボードセーリングの三つのインストラクターになりたいと夢見た。

自分は日本人の中に入りにくい性格だ。アメリカの医師試験を受けようと考える。
その頃、アイドル愛(仮名)に出会った。ラジカセで歌に夢中になる。
アメリカを夢見たけど、破局は意外と早くやって来る。全てを捨てる気持ちになってしまった。

ナシング

医学部の二年生の頃、1986年1月のことだ。

以前から考えていた。国家や宗教が、なぜ対立し、戦争まで引き起こすのか。軍人は人殺しをするのか。企業や国家は、なぜ人間性を無視するのか。

ここから神秘体験が始まる。
国家、宗教、軍隊、企業などは、絶対的なものでない。相対的で、人によって変えられるもののはずだ、と思いつく。全て、幻想で、その正体は、無ーナシング(nothing)であると考え始める。人は、国家や宗教などの幻想に取り付かれていて、絶対的なものと信じているに過ぎないと思いつく。

それでは自分は何なのか。自分は幻想に疑問を持ちながら、それに囚われていた。しかし、今、それらから解き放たれ自由な存在になったのだ。世界を変えられる、悟りを開ける、と考え始める。気分はハイになり、見るもの、聞くこと、文章、ミュージックなどが立体的に自分に迫るように感じ始める。

これは危険な考えだ。絶対に真似をしないように。自分は、ナシングになろうと決心した。

全てが輝いて見える、いま生きる喜びを感じる、長年付き合っていた人とお別れしたくなる、そんな気持ちになる。
アイドル愛(仮名)の歌を繰り返し聴き、自分はナシングになる、全能の力を持てるかもしれない、愛は神なのか、神に挑戦する、どこまで神に迫れるのか、とか考えた。

アイドル愛のファンクラブに入っていたので、スケジュールを見て、横須賀でコンサートがあると知り、横須賀まで行こうと決心する。今は早朝だ。気分が高まり徹夜してしまった。コンサートは夕方からだ。今、出発すれば間に合う。

友人に電話で別れを告げる。
「ごめんね。ごめんね。本当に会いたい人が分かったの。ごめんね。」
家族にも別れを告げる。
「どうしても会いたい人がいるの。。。結婚なんて分からない。ただ、どうしても会いたいの。。。死ぬつもりはないから。」
突然の別れだ。家族や友人は、自分が自殺すると誤解したようだ。実際、自殺よりも、もっと危険で、恐ろしいことが待っていた。

全国の道路地図とアイドル愛のファンクラブの会報を持って車に乗った。
高速道路で横浜まで行こう。目指すところは横須賀だ。

高速道路から見る景色はとても美しく感じ、この世の見納めかと思う。財布の中身が気になるけど、ナシングになるのだから構わない。アイドル愛の歌を聴きながら、幻想的な世界にひたっている。

ナシングとは何か、全能の力は得られるのか、しかし自分は一人の無力な人間だ、など矛盾のある幻想だった。
ナシングになることで、全ての矛盾が解決する。まるで、神話の世界だ。

復活

車は横浜インターに到着する。高速料金を支払うと、あと数千円しかなかった。とにかく横須賀へ行こう。道路標識を見ながら横須賀へ向かう。
途中、銀行があったのでカードでお金を引き出そうとした。しかし、ペケ印ばかりで引き出せない。いよいよ、ナシングになるのだと思った。

車は横須賀に着いたが、アイドル愛のコンサート会場が分からない。大きな建物と、駐車場のようなゲートがあったので、とにかく入ろうとした。ところが、腰に銃をつけたガードマンに止められた。なんと、外人だ。ここはアメリカ軍の横須賀基地だったのだ。命の危険を感じながら、あわてて引き返した。

横須賀の町を車で走り回ってもコンサート会場が分からない。とうとう警察があったので尋ねてみる。すると親切にも、いろいろ電話をかけてコンサート会場を調べてくれて、地図まで書いてもらえた。そして、ようやく会場まで駆け付けた。

当日券があったので並んで購入する。残ったお金は数百円だけだ。これは偶然か、いよいよナシングになる。

コンサートはあっという間に終わってしまった。係員にアイドル愛に会わせてほしいと訴えるも、もうタクシーで帰ったと言って、取り合ってもくれない。ちょっとアブナイ人間だと思われたようだ。

アイドル愛には手が届かない。自分一人でナシングになる。自分一人で大丈夫なのか不安になるけど、もう戻れない。

そこで思い付く。自分の誕生日までは猶予がある。22歳の誕生日までは普通の人間として生きていけると考える。しかし、実際は、はるかに高速に「その時」はやって来るのだ。

お金がないので車中泊だ。コンビニでパンとコーヒーを買って夜が明けるのを待つ。横須賀の町はアメリカ軍の基地があるせいか、ある種の緊張感がある。明け方、ラジオをつけると英語の放送があり、同じ日本でもいろいろあるのだと思った。

夜が明けて、銀行でお金を下ろして、ガソリンを満タンにして高速道路で帰宅した。
自宅に着いて不安になる。自分はまもなくナシングになるのではないか。食料や水が与えられない事態になるかもしれないと思った。この予感は、ある意味で的中する。

不安はつのり、110番する。警察に対してはある種の信頼感があった。
「助けてください。
 自分はとても弱い存在なのです。
 自分は一人では生きていけないのです。
 。。。。。」

自分はナシングになるのだ。もう、何もかも必要ではない。財布や学生証、免許証などを窓から外へ投げ捨てる。電気のブレーカーを切り、ガスの元栓を閉じ、電話のコードを抜き、布団にくるまる。

警官はなかなか来てくれない。何やら、ドアの外でガヤガヤと騒いでいる。やがて、親戚の人が入って来る。一人はメガネをかけていて、一人は車好きなので、
「メガネ メガネ メガネはどこ」
「クルマ クルマ クルマはどこ」
と言い、深い意味があるけど、ここでは述べない。この時、自分はきちがいだったのかと、一瞬、思った。
そのうち、家族が駆け付ける。また言ってしまう。
「パンとミルクだけ、あれば良い。あとは、何もいらない」

だいぶ時間が過ぎていった。自分は布団にくるまり、家族は何やら相談している。
やがて、外に連れ出される。あたりは真っ暗だ。両脇を抱えられながら、白い車に乗せられた。何も話してくれない。車は走り出した。

どこへ行くのだろう。アイドル愛に会わせてくれるのか、そんな期待もあった。しかし、車は大学附属病院に着いた。自分は何が起こっているのか分からない。愛が待っている、そんなはずはない。待っているのは、死体置き場ではないか。そう思った。ナシングには死体置き場が似合っている。殺されるかもしれない。

医学部では人体解剖や病理解剖など、死体に触れる機会もあった。その体験の前には、死体を解剖するなんて想像もできなかった。でも、慣れるとそれ程ではなかった。しかし、自分自身が死に近づくのを感じ、とても大きな不安を抱いた。

殺風景な診察室に連れ込まれた。そして医師の前のイスに座らされた。
「どうなされましたか?」
自分は医師のメガネを奪ってしまった。そうすれば医師の力を無くせると思った。
逃げようとする。しかし、家族や看護師に取り押さえられ、ベッドに押さえつけられる。そして、注射を腕に打たれた。

「あぁ、これで最期だ。殺される。。。」
手も足も、まぶたさえ動かせなくなる。そう思い込む。いよいよナシングに近づいている。もはや、時間の猶予はない。時間が限りなく短く、しかし、永遠にも感じる。
死を受け入れようとする。全ての感覚を閉ざし、あらゆる動き、呼吸さえ止めようとし、思考も止めようとした。しかし、現実はもっと恐ろしい。
死のうとしても死ねない。寝ようとしても眠れないのと同じだ。意識はますますさえてくる。

何とかしなければ。。。そうだ、同じ言葉を繰り返すのが鍵だ。そう直観した。まるでことだま信仰の世界だ。
叫んだ。
「愛 愛 愛 。。。」
アイドル愛は手が届かない。彼女の力に期待できない。自分の力を出すしかない。これでは助からない。
「オールマイティー オールマイティー オールマイティー 。。。」
全能の神なら、死を避けることぐらい簡単なはずだ。これもちがう。
「ゴッド ゴッド ゴッド 。。。」
今まで神を信じたことはない。これでは、だめだ。
「アイラブユウ アイラブユウ アイラブユウ 。。。」
この言葉を使ったことはない。これでは、救われない。
「コンピューター コンピューター コンピューター 。。。」
頭脳がコンピューターなら死は恐れるに足らない。しかし、これもちがう。
思い付く言葉を繰り返し叫ぶけど、死から逃れられない。そして、とうとう、叫んでしまった。
ナシング ナシング ナシング 。。。」
自分の殺し文句、ナシングを叫んでしまった。

ワナにハマってしまった。自ら自分を殺そうとしてしまった。無になること、今まで何人が成功したのだろうか。失敗して永遠の彼方へと消え去って行った人も大勢いると思う。自分も失敗者の一人となるのか。

救急車の音が聞こえる。自分はどこかに運ばれて行くようだ。時間が逆行しているのではないか。つまり、交通事故現場に行って、ひき殺されるのかと。

無になろうと精神を統一した。無になれば何も怖くない。そう思い込もうとした。自分は、寒い真空の宇宙の中を身動き一つとれないで、漂流して行くように感じた。からだが揺れると、宇宙ロケットが速度を上げ、太陽系から遠ざかって行くかのように感じた。

頭の中に、神殿のような建物が浮かんでくる。そして、ささやくように聞こえる。
「まだ早い。まだ早い。まだまだだ。」
神にも遠く及ばない。寒い真空の宇宙の中を、永遠にさまよっていくのだろうか。

だいぶ時間が過ぎたようだ。それこそ永遠に近いほどに感じた。急にガタガタと、転落して行くように感じた。そして、不意に、全く不意に叫んだ。
「オギャー オギャー オギャー 。。。」

すると、信じられないことが起きた。奇跡だ。口の中に水が注ぎ込まれるのを感じた。チョロチョロ、チョロチョロ、といつまでも注ぎ込まれた。

自分は人間だったんだ。このままなら、宇宙をさまよっても良い。自分にとって必要なものは、水だったんだ。これで良かったのだ。神になる必要もないし、永遠の命もほしくない。人間のままで一番良いのだ。そして、意識をなくしました。
(あとから考えると、この体験は、釈迦の悟り、イエスキリストの神秘体験に匹敵します。)

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