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カラスと以心伝心

カラスとの出会い

前に住んでいた街での話。
通勤の朝、駅へと向かういつもの通りに入った途端、少し前を歩いていたロングヘアーの女性が「ひぃっ」と叫んだかと思うと、Uターンして通りを出てきた。
「きゃっ」という叫び声ではなく「ひぃっ」という叫び声が、黒いロングヘアーと相まって「貞子」を連想させたのだが、わたしは構わずその通りを進んで行った。

すると、一羽のカラスがスーッと音も無くわたしの頭上スレスレを飛んで行った。
「なるほど、先ほどの貞子さんは前にもこのカラスに襲われたものだからカラスの姿を見つけて別の道を選んだのだな」とピンと来た瞬間、再び同じカラスがわたしの頭スレスレに飛んで来て、そのまま近くの電線に止まったのである。

人間を威嚇しているんだな。

だが、近くに巣を作っている様子はなく、直感的に「こやつは人間を脅して馬鹿にしているな」と感じ取ったわたしは、電線に止まっているカラスに向かって説教を始めた。

「こんなことしちゃダメだよ! こんなこと続けていたら駆除されちゃうよ。
わかった!? 絶対にもうヒトを襲っちゃダメだよ」

この通りの先には保育園がある。実際、威嚇されて恐怖を感じた住人が通報して「駆除」=「殺害」されてしまう可能性だってあるのだ。
説教している間、ちょうど向かい側から小さな女の子を連れたお父さんが歩いて来たが構わず説教を繰り返した。
カラスはあえてわたしの方を見ないようにしているようだったが、耳を傾けていたのはよくわかった。

カラスとの再会

それから2週間も経っただろうか。
カラスに説教をして以来、カラスに襲われることは無くなった。
駅までのいつもの通りを歩いていたとき、ふと視線を感じて顔を上げたところ、ちょうどわたしの目線の高さにある塀の上にカラスが止まっていた。
すぐにあのカラスだとわかった。
なぜって、カラスの心の声が伝わってきたからだ。

「アッシはもう人を襲っちゃあいませんよ。そのことを報告したかっただけなんで
……。」

わたしはニコッと笑って満足げに「おはよう!」と声をかけた。
そうして駅へと向かって行った。
内心、人を襲わなくなっただけではなく、そのことを報告しに来てくれたカラスの律儀な行為がものすごく嬉しかった。

思いが通じた?

さて、さらに半年ほど経ったころだろうか。
あの律儀なカラスのことは、元気でやっているだろうかと時々思い出していた。
その日は「例の通り」を過ぎて、駅の手前に到着したときにふと「元気でやっているだろうか」と思いを馳せていたのだが、スーッとわたしの横を通り過ぎて行ったものがある。
ゆっくり斜め前に降り立ったものはまさに「律儀なカラス」だったのである。

以前会ったときよりも漆黒の羽は艶々として、さらに威風堂々としているように見えた。

「おはよう」
(元気な姿を見せてくれてありがとうね)

わたしの思いが彼に届いたのか、偶然だったのかはわからない。
だが、きっとわたしの心の声を聞きつけて彼が飛来して来てくれたのだと信じている。

その後、わたしは海を渡る引越しをする予定だったため、おそらくこれが律儀なカラスに会える最後になるだろうと予測したが、実際、それが最後の別れとなった。
別れを告げられなかったけれど、賢い彼ならわたしが街を出たことをちゃんとわかっているだろうと思う。

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先日、人間族の何人かにこの話をしたところ、みな疑心暗鬼な反応だったのでガッカリしたのだが本当にあった話である。

物語としてのカラス

ちなみに、エドガー・アラン・ポーは「大鴉(おおがらす)」という物語詩を書いている。
Wikiによると『その音楽性、様式化された言葉、超自然的な雰囲気で名高い。恋人レノーアを失って嘆き悲しみ、心乱れる主人公の元に、人間の言葉を喋る大鴉が謎めいた訪問をし、主人公はひたひたと狂気に陥っていくという筋である』とのこと。

The Raven by Edgar Allan Poe

フランス語版「Le corbeau」では、19世紀フランス印象派の代表的詩人ステファヌ・マラルメが翻訳をし、リトグラフを担当したのがやはり印象派で有名なエドゥアール・マネという何とも贅沢な本になっている。
生きているうちに一度手にとって見てみたいものだ。

"Le corbeau" dessin de Édouard Manet




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