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クレディセゾンでDXを進めてきた5年間を振り返る

はじめに

クレディセゾンに来てちょうど5年が経ったので、これまでの取り組みをまとめてみようかと思う。書き進めていくうちにとても長くなってしまったので、1年につき3トピックに絞ってあとはカットした。それでも5年分なこともありかなり長くなったので、目次から各トピックに飛んでもらえればと思う。社内の関係者も読むかもしれず、「自分のやったことが載ってない!」と思うこともあるかもしれないが、内製開発案件だけでも53案件あり全部載せるととんでもない量になるので許してほしい。それから、振り返ってまとめると退職すると勘違いされるかもしれないけれど、退職するわけではありません!

2019年:ゼロからのスタート

1-1. 内製開発エンジニア募集を始める

「日本のそれなりの規模の事業会社の中に、内製開発チームを立ち上げることはできるのだろうか?」

2019年3月、クレディセゾンに来たばかりの私にとってはこの質問への答えは「やってみないと分からない。ただしチャレンジする価値はある」というものだった。

「求人票を書いてあとは人事部でお願いします」なんていうやり方をしてはいけないことだけは分かっていた。そんな態度ではその気になればどこへでも行けるエンジニアの人たちに興味を持ってもらえるはずがない。

そこで、人事や広報などの会社の関連部署には相談して許可を取った上で、個人ブログでエンジニアを募集することにした。

5ヵ月かけて32名の方とお話をさせていただき、夏には2ピザチーム(8人)の内製開発チーム「テクノロジーセンター」を立ち上げることができた。

1-2. テクノロジーセンターの4原則

クレディセゾンはクレジットカード、住宅ローンや家賃保証などの不動産ファイナンス事業などを営む金融企業であり、安心感・安定感あるエンタープライズのプロジェクト管理とシステム開発が必要だ。一方で、私自身がベンチャーをやってきたこともあるし、せっかくゼロから内製開発チームを立ち上げるのだから、スタートアップ的なカルチャーとスピード感のあるチームにしたい。

「それなりの企業規模になると、スケールはあるがスピードが犠牲になりがちだと思う。逆にスタートアップだと、お客様規模は何千万人というレベルではない、ということも多いと思う。でもこのチームではどちらかを犠牲にすることなく、『ここにはスケールとスピードとの両方がある』そんな風に思ってもらえるチームを作っていきたい。」そう話しながら内製開発チームを作ってきた。

自ずと、企業の規模、エンタープライズ/スタートアップなど、多様なバックグラウンドを持つエンジニアが集まった。違いが強みにつながることもあれば、違いが争いを生むこともある。モノリシックな価値観で固まったチームにはしたくないが、いつも言い争ってばかりいるチームにもしたくない。そこで、フラットに議論し、差異を強みとして生かせるチームにしていくために、チーム発足のタイミングで「テクノロジーセンターの4原則」を策定した。(そしてこの原則は5年経った今でも掲げ続けている)

テクノロジーセンターの4原則

  1. 「さん」付けの徹底、役職呼びおよび「くん」付けゼロの徹底。

  2. 「HRTの原則」を100%守り切る。頭にくることがあっても絶対に怒らない。(言うべきことは言う。しかしできるだけマイルドに)

  3. 短所ではなく長所を見る。短所は辛くても苦しくても全力で受け止める。

  4. 世の中を良くする、企業を成長させるなど、成果を出すチームであることを最重視する。

1-3. 最初のプロダクト「セゾンのお月玉」

長年ベンチャーをやってきた感覚としては、規模の大きい会社だったとしても、チームを作り始めたエンジニア募集開始日から起算して、遅くとも半年後にはそれなりにインパクトあるプロダクトを出したい。

新しく何か内製開発するなら、お客様接点として明らかに最重要なスマホアプリで何かやりたい。だが、単にデジタルで効率化、というようなそっけないものではなく、「セゾンおもしろいことやるな」と思ってもらえるような、遊び心ある何かをやりたい。1年前の2018年まで10年間と長い期間クレジットカードの基幹システム更改に苦しみ、大型の新しい取り組みがやりにくい状況が続いていたので、その閉塞感を打破するためにも、あえてクレジットカード事業ど真ん中のところで何か大きく動いてみたい。

そんな思いから企画・開発したのが、「セゾンカードで決済すると、500円につき1枚デジタル抽選券が貰え、抽選で現金1万円が毎月1万人に当たる」という「セゾンのお月玉」だった。毎月当たるので、お年玉にかけてお月玉、とした。デジタルに振り切るなら現金など送るべきではないのだが、「少し面白い封筒で現金書留が届く」という、時代に逆行する体験をあえて重視した。

スマホアプリに手を入れるだけならまだしも、カードの決済と連動する企画だったため、長年苦しんで更改した基幹システムとも連携が必須だ。色々想定していなかったトラブルも起きてリリース前日まで手に汗握る日々が続いたが、なんとか予定通りリリースすることができた。リリース後は皆で安定稼働しているかどうか、カード決済動向は何か変わったか、SNSでの反響はどうなのか等をディスプレイに張り付いて見守った。

休眠会員から復活する人が月2万人程度増え、届いた1万円を映えるように撮影してInstagramやX(当時はTwitter)にアップする人が多くそれまで弱かったSNSでのプレゼンスが上がり、Xのセゾン公式アカウントフォロワーは半年で1万2千人 → 20万人程度まで増加するなど、色々な効果があったが、2年ほどすると各種数値が落ち着いてきたこともあり、2年半後には企画部署である私たちテクノロジーセンターからの提案で、役割を終えてクローズすることとなった。だがお月玉PJで内製開発チームも、クレディセゾンのカード事業も、色々なことが動き始めた。

2020年:事業部システム内製化

2-1. 事業部システム内製開発チーム発足

お月玉PJで社内の色々な部門と会話する機会があり、雑談含めて会話していく中で、事業部のやりたいことについてベンダーに見積もりを取ってみたら非常に高額の見積もりが出てきたので断念したという話が多くあることが分かってきた。しかし内容的には内製で割と簡単にできそうに思えるものも少なからずあった。

そこで、これまでのスマホアプリ等のCX(Customer Experience)のための内製開発とは別に、事業部の戦略実現や日々の業務効率化のためのシステムを内製開発するEX(Empoyee Experience)のための内製開発チームを作ることにした。お客様体験を磨くための内製化も大切だが、良いお客様体験を生み出すのは、良い社員体験のはず。内製開発チームは、CXだけでなくEXにも注力すべきだと考えた。

このチームでの活動は、各事業部に順にヒヤリングしていき、内製開発の候補となりえるシステムを一覧化し、事業戦略や効果性、内製開発向き/不向きなどを判断していくことからスタートした。

後にこのチームは様々な社内システムを開発・改修していくことになるが、大きな転機となったのは、関わる社員も多いコールセンター向けのシステムをリリースしたことだった。かねてから切望されていた機能を内製開発で短期間に実装してベンダー開発の既存システムに組み込んだこと、また、オペレーター向けに精度が既存のものよりずっと高いマニュアル検索システムを新規に開発したことで、多くの社員から喜びの声が届いた。

この頃から私たちは、「社員置いてけぼりのDX」のようなことにならないよう、経営戦略上優先度の高い開発(レーン1)とは別に、多くの社員が実感を得られる開発(レーン2)も意識的に取り入れながら開発優先度を検討するようになっていた。

2-2. 社内公募開始(総合職→エンジニアへのリスキリング)

事業部のためのシステムを作るためには、事業部や事業そのものを良く知る人の知見が必要だ。だが、その人がシステムについては全然知らない、ということだとITの前提知識の解説に時間がかかってしまいかみ合わない。逆もまたしかりで、内製チームが全然業務に詳しくないということだとビジネスサイドがもどかしく感じるだろう。

そこで、テクノロジーセンターのエンジニアを社内公募してみてはどうかと考えた。クレディセゾンはその当時、テクノロジーセンター以外は基本的にすべての社員が総合職だったので、ITのバックグランドがあるわけではない。兼務で本業の片手間でちょっとずつ勉強、などというやり方ではうわべの知識しか身につかずあまり意味がない。だからここで言う公募は、100%異動してくる前提での公募だ。それに、お月玉PJのことなども振り替えると、社内公募は当初からやっていたCX向けの開発でも同様の理由で実施した方が良い。そこで、テクノロジーセンター全体でエンジニアを社内公募することとした。

誰も手を挙げてくれなかったらどうしようかと不安に思う気持ちもあったが、ふたを開けてみれば、募集人数の3倍近い方からのエントリーがあった。年齢も20代前半から50代後半まで幅広く、様々な部署からの応募があった。後に来てくれた人から聞いたのだが、お月玉で色々反応を見ながら素早く改善を繰り返していたのを見て、「あれ作ったチームらしいよ」と興味を持っている社員も割といたようなので、プロダクトを出した後に公募したことが応募につながったのかもしれない。

2-3. 「SAISON CARD Digital」

この頃、クレジットカードの事業戦略を立案する部署で検討が進んでいたプロジェクトのひとつに、「SAISON CARD Digital(SCD)」というプロジェクトがあった。これは、国内初の完全ナンバーレスカードで、最短5分でかんたんにすぐクレジットカードが作れて使える、というものだった。デジタルカードはカード会員向けのスマホアプリ「セゾンPortal」で発行するわけだが、お月玉の一環としてセゾンPortalの一部を内製開発した実績はあったので、アプリに関する部分は内製で開発してはどうか、ということになった。

お月玉の時と大きく違ったのは、お月玉はアプリの一区画をもらいそこでスクラッチで内製開発したが、今回はもともとベンダーが開発していたアプリの各所に手を入れる開発だったことだ。設計思想の一貫性が途中から崩れていたり、リファクタリングが適度に行われてこなかったことのツケが開発の足枷となっていた。例えば当初はこの手の条件分岐はこのクラスに集めようとしていたんだろうな、という箇所以外のところにもコードが散らばってしまっていたりした。だが、「なんで技術的負債の返済に投資してこなかったんですか」とエンジニアではない過去の担当者を責めるのも酷な話だし、ベンダーだって限られたコストや納期の中でやっているわけだから、過去のことは仕方ない。だが、今後については、中長期的にはやはりアプリ全体を内製化したい。

その後さまざまな開発を進めながら、2022年にiOS/Androidともにスクラッチで作り直した新アプリへの完全移行が完了した。

2021年: 全社DXへ

3-1. バイモーダルIT組織の実現(情シス部門と内製部門をひとつの事業部に)

2021年、CIOの方が退任することになり、私の方で従来のCTOに加えてCIOも担当することになった。それまでの2年間で内製チームを作って活動していく中でIT戦略部(情シス部門)との接点はもちろんあったのだが、まずはいまどうなっているのかを理解したい。引継ぎも含めて前CIOの方にも参加してもらい部門長を集めて「いまうまく行っていること」「課題」について各自から話してもらい、そこで全体概況を把握したのちに部長との1on1を開き、あらためて各自の思いを聞いた。

うまく行っていることは、生命線となるシステムを預かっているという使命感を持ち、全体としてはクレジットカードの7兆円のトランザクションを回すことができていること。また、チームワークもよく、とりわけ障害の時の一致団結力は目を見張るものがあることなどが分かった。業務のことも本当に良く熟知している。一方で課題として、ITの専門性を磨き続ける、という意味では課題があり、外部ベンダーへの依存が強いことが分かった。

つまりIT戦略部は、バイモーダルITで言うところのモード1に強みを持つ組織だと言える。一方でテクノロジーセンターは、チームの内部で比較的モード1よりの人や仕事とモード2よりのものはあるが、IT戦略部との対比の中ではモード2色の強いチームだと言える。モード1とモード2は全く異なるカルチャーだが、一方の弱みがもう一方の強みであることも多く、必然的に一定程度発生してしまう文化的対立のところさえなんとかできれば、相互補完関係が築けるはずだ。そこで、もともとテクノロジーセンターの原則のひとつでもあった「HRTの原則」をより広範囲に掲げ、半年後の10月にはテクノロジーセンターがIT戦略部に入る形で、モード1の組織とモード2の組織をひとつの事業部にまとめることにした。

一部、ZDNet「経済のデジタル化がもたらす企業ITの“バイモーダル”が目指すもの」から引用 http://japan.zdnet.com/article/35075658/

3-2. 「CSDX」戦略を策定し社内外に公表

デジタル推進を担うCDOやCTO、あるいはCIOが着任すると、最初にビジョンをまとめてグランドデザインを提示し、そこから各種具体的な取り組みを進めていくケースが多いようだ。

私の場合には、とにかくまず内製チームを作り、動き始めてみようと考えた。いくつかのプロジェクトを進めてみないことには、クレディセゾンに一番必要なものが何なのかを正しく見定められないと考えたからだ。また、ビジョンより具体的な成果の方が説得力があるとも考えていた。

だが2年間の活動を経て、ITで会社を強くしていく、ということが明確に会社の方針のひとつとなりつつあり、全社でDXを推進していこうという機運も高まっていた。クレディセゾンの考えるDXはどんなものなのかを整理して社内外に提示すべき時期が来ていた。

2年間やってきた中で、いくつか私たちのやり方のキーワードと呼べる考え方も整理されつつあった。例えば、ビジネスサイドと技術サイドの境界線や責任分界点をできるだけ設けず、一緒にゆるやかに連携しながら開発していく「伴走型内製開発」。また、システムが寄与すべきはあくまでもCXやEXであり、DXそのものが主役になるわけではないこと。これらを整理して取締役会等の然るべき機関においても報告・議論した上で「CSDX(CREDIT SAISON Digital Transformation)」を社内外に公表した。

3-3. デザインチームとデータチーム

内製開発チームのテクノロジーセンターは当初はほぼ100%ソフトウェアエンジニアで立ち上げてきた組織だったが、入社したエンジニア社員からの「知人で良い人がいるのですが」という紹介により、2020年からはデザイナーやデータサイエンティストも入社してきてくれていた。その後、デザイナーがさらに知人のデザイナーに声をかけてくれて、というように採用が進み、またデータチームについても社内公募も開始し、2021年からはデザインとデータについてもテクノロジーセンターの中でチーム化されていった。

デザインチームはアプリやSNSのバナーのデザイン、クレジットカードの券面のデザイン、アプリリニューアルの際にはUI/UXデザイン全般と幅広く活動した。データチームは不正利用未然防止の精度向上、LTV、集計可視化のための各種ダッシュボード構築、NPS調査、さらには安定性重視の従来のモード1重視のデータ基盤とは別に、エンジニアがより気軽に利用できるようなモード2重視のデータ基盤も構築した。

2022年:フロントエンドとバックエンドの中核を内製化

4-1. 社内API基盤内製化

2020年の取り組みの中でスマホアプリ内製化の必要性を痛感したことを書いたが、この年、iOS/Androidともに新アプリへの移行が完了した。ソースコードとしてスクラッチで書き直したのはもちろんのこと、UI/UXについてはデザインチームが入って残すべきところは残しつつも、全般に見直した。

だが、アプリ開発観点で見ると非常にもどかしかった点として、「アクセスが一定数以上に増えると、バックエンドから流量制限をかけられてしまう」という課題があった。バックエンドのAPIはスマホアプリだけでなく様々なシステムから利用されている。例えばプッシュ通知で何かお知らせを送った結果、クレジットカード会員の明細が見れなくなってもいいんですか、というような話である。具体的には、クレジットカード基幹システム「HELIOS」の手前にある社内API基盤「オープンGW」でこの問題が起きていた。同じ頃、クレジットカード事業関連役員・マネージャーの会議では、「各種新商品や新機能を開発したいが、オープンGWがボトルネックになっている」という話もあった。

オープンGWは私がCIOを担当する前から更改に関する稟議決裁が進められており、基幹システムHELIOSに物理的にも近いメインフレーム上にベンダー開発の新規システム構築が進められていた。すでに億円単位でのメインフレームハードウェア購入も終えていた。だが、上記のような課題がある中、本当にこのまま進めてもいいのか・・・?様々な協議・検証を経て、結論としてはこれまで開発を進めていたシステムの資産の除却をかけてでも(億円単位の資産を捨てることになるので取締役会決議)、内製開発+クラウドに切り替えていくことになった。カットオーバー期日は変えずに方式を切り替えるやり方は各所から「正気ですか」と指摘されたが、「いまここで妥協したらあと5年動けない。ここはなんとしてでも妥協せずやり遂げたい」という、私もだが、それ以上に現場メンバーからの強い意思の元、2022年7月に内製開発+AWS EKSで、伸縮性が高く、内製開発で柔軟に対応可能な新システムを構築することができた。

2022年はセゾンPortalとオープンGWの内製移行が完了し、フロントエンドとバックエンドの要となるシステムが同じ年に内製化されたのだった。

4-2. Slack文化の全社への浸透

私自身のSlackとの接点という意味では、3つの会社での接点があった。ひとつはベンチャーだったアプレッソでSlackが出て割とすぐに使い始めていたこと。もうひとつはアプレッソをセゾン情報システムズにM&A Exitした際にセゾン情報でもSlackを全社的に導入して行ったこと、そしてクレディセゾンでの接点だった。

「セゾン情報でSlackがかなり良い感じらしい」という噂は私が入社する前からクレディセゾンにも聞こえてきており、クレディセゾンに入社した2019年時点ですでにSlackが導入されていた。だがその当時は国内5000人の社員のうち、WAUとしては170人とごく一部でのみ利用されている状況だった。

だがテクノロジーセンターができ、Slack文化に親しみのある社員が次々と入社し、時として関係ない部署のチャンネルにまで土足で踏み込んでいったりもする中で、いつしか、Slackは便利だね、という認識は全社に普及してきていた。

WAUは3000人を超え(ちなみにいまはWAU 5000人 = 基本的に全社員)、Slack的なフットワークの軽いコミュニケーションで各種のサービスが改善された事例もいくつも出てきた。

そんなこともあり、この年、Slack社曰く各国で一社の受賞というSlack Digital HQ Awardを受賞した。受賞・認定という話で言えば、Slackで、というわけではないが、翌年2023年にはDX銘柄にも選定いただいた。

4-3. 「SAISON GOLD Premium」

この年の夏には、「SAISON GOLD Premium(SGP)」というクレジットカードの新商品をリリースした。これは企画部門である戦略企画部と、内製開発チームのテクノロジーセンターが二人三脚となって開発を進めてきた商品だった。

スマホアプリのセゾンPortalと社内API基盤のオープンGWが内製化ができたことで、実現したい企画やアイデアがあるが、システム都合でできない、ということにあまり悩まされずに企画立案を進めることができた。また日々のやり取りもSlack文化で、早ければある投稿に対するリプライが数秒~1分以内に返ってくるような感覚で進めていたので非常に話が早かった。

この新商品はリリース後着々とユーザーを増やしており、個人向けカードとして最も勢い良く成長しているカードとなっている。冒頭に書いたようにクレディセゾンのクレジットカード事業は2008年から2018年の10年間、基幹システム更改の影響で大きな動きがとりにくい状況が続いたわけだが、フロントとバックエンドそれぞれのキーとなるシステムを内製化したことで、格段に動きやすくなったからこそ生み出せたプロダクトだった。

2023年:全社員によるDXへ

5-1. デジタル新卒15名入社

内製開発チームの採用と育成は着々と進んでいき、所帯としても100名を超える規模になってきた。

当初の2年は採用についてエージェントには一切頼らず、私の個人ブログと社員のリファーラルだけで採用を進めてきたが、さすがにこのやり方だけでは限界があり、3年目からは人事の協力も得て、エージェントや採用サイト経由での中途エンジニア採用も始めていた。

だが、担当するシステムの数や規模、今後の中長期的な内製開発チームの拡大を考えると、それでもやはり人が足りない。そんな中、これは人事が提案してきてくれて大変助かったことなのだが、「デジタル人材の新卒採用をやってみないか」という話になった。とはいえ学生に対して情報発信するチャンネルを持っているわけでもなかったので、新卒専門のエージェントの協力を仰ぎながら新卒採用を進め、2023年春には15名のエンジニアが入社した。

その後、約1年が経とうとしており、来月には2024年入社と次の代のデジタル新卒も入ってくるわけだが、若く新しい風が吹き込んできたように感じている。

5-2. 全社員によるDX(ノーコード・ローコード開発)

内製開発チームも拡大し、バイモーダルに情シス部門と内製部門が力を合わせながら様々なシステムをリリース・改善していく中で、それでもなお限界があるように感じ始めていた。具体的には、事業部の現場のちょっとした困りごと、例えば手作業で行っているちょっとした業務の自動化などまではどうしても手が回らない。

そこで、①内製で開発する、②ベンダーに開発してもらう、というこれまでの選択肢に加えて、③事業部の社員自らが開発する、ということが実現できないかと考えた。もちろん、総合職の社員が片手間でプログラマーやデータサイエンティストを目指すのは現実的ではない。だが、Excel/Word/PowerPointが社員の誰でも使えることの延長線上で、例えばセルフサービスBIを使ってちょっとしたダッシュボードなら作れる、というようなことであれば可能なはずだ。

こうした取り組みを検討するあたり、やはりやるからには率先垂範で社長以下役員自らにぜひトライしてもらってはどうかと考え、役員各位に提案してみたところ、ほとんどの役員が「自分にもできるならやってみたい」と前向きに受け止めてくれ、3月には役員ノーコード・ローコードブートキャンプを実施することができた。社内でも広報が宣伝してくれた他、外部メディアでもその様子を取材いただいたりもした。

役員ノーコード・ローコードブートキャンプの様子

市民開発者育成のための具体的な取り組みとしては、テクノロジーセンターで用途ごとにノーコード・ローコードツールを標準ガイドとして案内し、この1年で700人ほど、こうした開発ができる社員を育成しようとしている。

5-3. 生成AI系社内ツールを3本リリース

クレディセゾンでは2021年より「CSDX推進会議」という重要会議体を設けている。これはいわばDXに関する経営会議で、社長以下各役員が参加する月に一回の1時間の会議だ。この会議体の設計でこだわったのは、半分の時間はアジェンダレスにするという点だ。つまり何を話すか半分の時間については一切決めないでおき、極端な話、当日朝に発表された経営インパクトも大きそうなホットな技術があるならそれについて触れるもよし、各事業部を見ている役員からちょっとした相談があるならそれについて議論するのでもいい。役員会や経営会議の類はどうしても「1議題目は7分、2議題目は3分でお願いします」と議題ツメツメのアジェンダフルな会議になりがちだが、変化の早い時代だと言われているのに2週間前に決められたアジェンダに沿って会議をしていたのでは遅すぎる。

そういう設計にしていたので、2022年7月のStable Diffusionが世に出た時も、同年11月にChatGPTが出た時にも、遅くとも翌月にはCSDX推進会議で私自身がライブデモを実施していた。

生成AIで業務をどう良くするか?と検討した結果、まずは個人のリテラシーに依らず確実にオプトアウトされる形で利用できる社内ChatGPTとして「SAISON ASSIST」を、また総合職の社員の業務のうち、例えば締め日前の人事への勤怠に関する問い合わせ等、問い合わせ回答業務がかなり多いことが分かっていたので、もともと内製開発していた社内FAQシステムと同期を取るRAGを立て、Slackの指定したチャンネルやコマンドから質問すると回答候補を回答担当者に提示してくれる「FAQアシストくん」、それから議事録作成支援としてWhisperによる文字おこしと議事録作成支援をしてくれる「ScribeAssist」の3つのツールを提供・開発している。

おわりに

5年間で変えられたこと

文字通りゼロからスタートし、内製開発のテクノロジーセンターは120名規模になり、53の案件をリリースしてきた。

じゃあアウトカムは?という点については、上述のSGPのようにトップラインを伸ばす商品を作ることができた、というようなこともあるが、一番わかりやすいのはソフトウェアによる業務自動化が年間換算で79万時間(社員約400人分)、紙削減量が76t(コピー用紙積み上げでスカイツリー2.3個分)あたりだろうか。他にもクレジットカードの不正利用未然防止率が81.4%→92.5%(2021年度時点、いまはさらに向上)になったりと色々と変えられた部分はあったかと思う。

大切にしてきたこと

まず何よりも、計画しすぎないこと。

お月玉から始まり、アプリ内製化へと向かい、その過程でバックエンドの制約の苦しさを痛感し、気づけば基幹システムであるHELIOSのすぐ近くにまで内製開発の領域を広げていた。

確かな痛みの実感があったからこそ優先順位や意思決定をはっきりさせることができた。

もし当初から「5年で100名を超える組織をつくる。スマホアプリを完全内製化し、基幹システム領域にまで内製のスコープを広げる」等と宣言していたら、周囲からの信用の積み上げがない中で信じてくれる人は少なかっただろうし、何より、私たち自身が実感を持って語ることができなかったと思う。

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