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ロング・キャトル・ドライヴ 第四部 連載2/4「密談」
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これまでのあらすじ
フランス・パリから夢と希望と共に
アメリカにやってきた青年ヒューゴ
ナッシュビルに住む大富豪ジェームズは
同郷の入植者が生計を立てられるよう
仕事をあっせんする慈善家の一面も併せ持つ。
しかし、敗色が濃い南軍側の意向を請け
フランスから来た若者を南軍に送り込むことを
余儀なくされつゝあった。
ヒューゴはそんな国内事情を露知らず
そして運命の出逢いへと__
「ねえ?ソフィア。今夜お見えになった
ヒューゴさんって面白い人だったね。」
姉のアレクサンドラに
アタシ(ソフィア)は
ヒューゴについての印象を訊かれてた。
父であるジェームズが招いてくる来訪者から
物珍しい眼差しで見られることは
当初は抵抗があったけれど
いつの間にか、
この環境に慣れてしまっていた。
ヒューゴは、はじめこそ緊張からか口数は少なかったが、他の来訪者と違って
一度打ち解けると裏表のない性格で屈託なく接してくれることが嬉しかった。
今でも
ヒューゴの話してくれた失敗談が
面白可笑しくて
思い出すとクスっと笑いが込み上げる。
ヒューゴの話はこうだった。
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僕の住んでいたパリの街から
200kmくらい南下すると
シャヴィニヨルって村がある。
ロワール川沿いにある
緑のキレイな村だったよ。
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親戚のピエール伯父さんは、そこで特産の
シェーブル・チーズ(山羊乳)を
作っているフェルミエ(酪農家)だったんだ。
毎年、夏になると伯父さんのところに行くと
美味しい白ワインとシェーブル・チーズに
ありつけたって訳さ。
伯父さんは"クロタン"って云ふ特産チーズを
村に売りにいくんだけど
ある年のことだ。
ピエール伯父さんところに住んで居る
小さな従兄弟アンリが
一緒に行きたいと駄々をこねだした。
馬車で村まで行く道中のことだった。
アンリの奴は売り物のチーズを
つまみ喰いしてたらしいんだ。
そして村に着いてからも
アンリはヘマをして、チーズを運ぶ時に
ひっくり返してしまった。
ピエール伯父さんは仕方なく
拾って箱につめ込んだが、
「あれ?ひとつ足りないぞ?」
と首をかしげる。
アンリの奴は伯父さんに叱られると思ったのか
偶然にも道端に落ちていた
本物のクロタン(馬糞)を奴は見つけた。
こともあろうに
「父上!あったよ!」と云って
アンリの奴は箱に詰め込んだのさ . . . 。
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毎年、夏になるとお店の店頭には
美味しそうなチーズが並ぶ季節だ。
ピエール伯父さんは威勢よく
「ボンジュール!ムッシュ。
今年の夏も最高のチーズ__
クロタン・ド・シャヴィニヨルを
お届けに参りました!」
お店の店主が出てきて
「ピエールの旦那!いつもありがとよ!
今年の出来はどうだい?」
「あゝ任しときなって!
アンリ?チーズを持ってきな。」
とピエール伯父さんはアンリに云いつける。
アンリは内心
(これはまずいことになったぞ . . . 。)
と思いながら後には引けない。
恐々とチーズを運んでくるアンリ
奴がチーズを持ってきた途端に
辺りには異質の匂いが広がりはじめる。
「おい!ピエールの旦那?
なんだか臭わねえか?」
と店主が云ふ。
「ホントだ?なんかおかしいぞ?」
とピエールが鼻をヒクヒクさせる。
どう考えてもチーズの箱から匂ってくる。
ピエール伯父さんは不審な挙動をするアンリを
ジッと見つめる__ 。
もう隠し切れないと思い、アンリは白状した。
「アンリーーッ!」
伯父さんは目を剥いて、お仕置きに
アンリはお尻を叩かれまくったそうだ。
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そんな笑い話しを交えながら、
ヒューゴは夢を語る。
「僕もアメリカで牧場を開いて酪農をするさ。」
と笑顔で話してくれた。
母のヴァレリーやアタシたち双子姉妹は
この青年の飾り気のない人柄を気に入った。
ジェームズが支援する色々な仕事の紹介で
ヒューゴが訪れてくるたびに
彼を食事に招いては、フランスでの出来事を
彼なりの諧謔を織り交ぜては
話に花を咲かせるのだった。
ヒューゴのお気に入りは
シェーブル・チーズの入ったサラダで
胡椒・タイム・月桂樹・ネズの実・ニンニクを
と共にオリーブオイルに漬けたチーズを
野菜に絡めた前菜料理でアレクサンドラの
得意料理のひとつだった。
ヒューゴはいつも美味しそうに食べてくれたし
いつしかアレクサンドラはヒューゴのことを
想うようになっていった。
アタシもヒューゴと居ると楽しかったし、
彼を想う気持ちが自分の心の中で芽生えている
ことに気付いていた。
そう__
アタシたちはいつしか同じ人を
好きになってしまった。
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ジェームズはニューオリンズに居る。
彼はフランス領事館に赴いていた。
政府からは執拗に若者たちを
連合国(南軍)への志願を取り付けるように
督促されていた。
領事館側としてはフランス本国の意向として
アメリカを元の分割地帯に戻すように
促されていたからだ。
ジェームズと云ふ男は元々は争いを好まない。
しかし、自分自身の内に流るゝフランスの血に
誇りを持っている。
ジェームズ自身が持つ、人心を操る交渉術で
これまでに何百人もの若者たちを
南軍に送り込んできた。
そのこともあり、エイプリルレイン家は
フランス政府からの信頼も厚く、
現在の地位を築いてきたのも
紛れのない事実である。
彼は核心を言葉にせずとも、若者を懐柔し、
その優雅な佇まいでたちまちに信頼を勝ち取り
ジェームズの信奉者となったところを
言葉巧みに若者の愛国心に火を焚きつける。
そして、多くの若者たちが前線に送り込まれ
命を散らしていったのだった。
ヒューゴも__
その内の一人に過ぎなかった。
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ある日、ジェームズはヒューゴをディナーに
誘った時のことである。
アレクサンドラは
いつものように父ジェームズの書斎に通される
ヒューゴの姿を見掛けた。
(ヒューゴに逢いたい . . . )
アレクサンドラの想いは募るばかりであった。
(ごあいさつだけでも . . . )
と書斎の扉を叩いてみる。
しかし、返事がない。
アレクサンドラは恐る恐る扉を開けてみると
薄暗い部屋の中にはたれも居ないのである。
(あれ? さっき確かにこの部屋に入って行く
のを見掛けたばかりなのに。)
ジェームズは読書家であり、
夥しい数の書物が本棚に並べてある。
アンティーク調の本棚の一部が扉になって
光が漏れている。
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何やら話し声が聞こえてくる__ 。
声の主はジェームズとヒューゴであった。
(こんなところに隠し部屋があったなんて。)
アレクサンドラは不審な想いで
部屋の中から漏れてくる会話に耳を澄ませる。
「ヒューゴ君。どうだろうか?
君の意見を聴かせて呉れないか?」
とジェームズの声がしてくる。
「 . . . . エイプリルレインさん。
やはり俺は軍隊には入りたくありません。」
とヒューゴが云ふ。
「そうかね。ヒューゴ君、残念だが
これ以上の議論は私もしたくない。
私は君を息子のように思っている。
私の出来る限りの力添えをしたいと思ってる。
我がフランスの同胞の名の下に
君の決断は尊重するつもりだ。
いや、今夜はもうよそう。
ヒューゴ君。今夜も共に乾杯しよう。
私たちは君を家族のように思っているし、
心待ちにしていることだから。」
ヒューゴは押し黙ったまゝ
指を目に当てて
ひどく思い悩んでいる様子を見せて
「エイプリルレインさん。
あなたのご恩に報いたい。
もう少し気持ちを整理させて頂けませんか?」
と呟くように声を出した。
ジェームズは大きく頷いて
「良い返事を期待しているよ。」
と優しげな声を掛けながら、
両手の掌でヒューゴの手を包むようにして
背中を軽くポンポンと二度叩いた。
アレクサンドラは
父ジェームズが祖国のために仕事をしていると
しか聴かされていなかったが、
ヒューゴを__
彼を戦場に送り込もうとする意思があることを
知ってしまったのだった。
「さあて!今宵も娘たち共に
楽しいひとときを過ごそうではないか!」と、
ジェームズが席を立ち上がる素振りを見て
アレクサンドラは急いで部屋を後にした。
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妻のヴァレリーは
夫ジェームズの仕事には
口を出さないように気を遣っていた。
娘であるアレクサンドラとソフィアにも
「父上様のお客様には心を込めて
歓迎するように。」と
常日頃から言い含めていたのであった。
アタシは無邪気なものて
「また、ヒューゴさんが来るのね?」
と楽しいディナーの時を待ち侘びるように
心をときめかせていた。
しかし、今になって思い返せば__
あの時のアレクサンドラの様子が
少しばかり違っていたことを
気が付くことが出来なかった。
アレクサンドラは何かを思い悩んでいた。
《つづく》
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