見出し画像

手作り時計 -おもちゃ病院ドクターの日記 #3

おもちゃ病院には今日も人が並ぶ。
その中に落ち着かない様子の高齢女性が一人で並んでいた。
実は子供連れではないお客さんは、そう珍しくない。ただそわそわと落ち着かなそうな感じが気になった。

受付にいるドクターに、高齢の御婦人はカバンからおずおずと小さな丸いものを手渡し、ドクターはそれを確認する。遠目にも分かる古い時計だった。

受付にいたドクターはしばらくその女性と話してから、そのまま自身の修理工具が置いてある席に向かう。ドクターの手に木で出来た手作りの時計が握られている。
「時計?」と私はつぶやいた。近くで見てもおもちゃにはみえない。他のおもちゃ病院では原則おもちゃ以外の修理はしないと聞く。

受付のおもちゃドクターは困ったように笑い、
「普通はおもちゃ以外は修理しないんですけどね。こうやって来てくれたことですし、出来ることはしてあげたいじゃないですか。」
そういって時計の緩むネジを何個か締める。

私はおもちゃ病院では、おもちゃ以外預かってはいけないものだと思っていた。でも違った。
私達は地域の助けになることをボランティアとしてやっているという事を私はこの時に知った。

同時に『助けてくれる場所』を知っていた高齢女性もすごいと思った。『助けて』と言える凄さと言うのだろうか。どこに行けば時計を直してくれて、助けてくれる人が居ると知っていたのが凄い。
昭和の時代で考えるなら『どこにでもいた器用になんでも直す近所のおじさん』だろうか。
時代が変わり、まさか『おもちゃ病院』という名前で機能しているとは思わなかった。

ドクターの手に握られた古い時計のガラス向こうに、何かの文字が墨で書かれている。達筆すぎて読めないが作られてからだいぶ時間が経っていそうだ。
よく見れば、丸い枠も木で作られている。細かな彫刻刀の跡にはかすかに艶が出ている。

ドクターが時計の後ろにあるネジを締め切った後で時計は動き出した。
「よし」電池を入れて動作確認、そのまま治った時計は女性の手元に渡された。
大事そうに両手で受け取られた時計をそのまま抱くように隠し、浅く頭を下げる。
「なんかありましたら、また来てください」というドクターの言葉にまたペコリと礼をし女性は出っていった。

受付の机に置かれた「受付票」には『時計』とだけ書かれ、その横に『完治』とだけ書かれた。






お読みいただきありがとうございます。 引き続きおもちゃ修理がんばります!