少し詳しく、お笑いと自分について
何でそんなに病んでるの?
どうした?
大丈夫?
みたいなことをnote書き始めてから特に言われるようになった。
別段私から見ている世界に変化は無く、本日も通常営業でしかないのだが、他人からしたら大雨でも降ってんじゃねぇか大洪水なんじゃねぇかみたいな目で見られているようだ。
同情するなら義援金ください。
ってことで、たまには違うことでも書いてみる。
昨日M-1をサークルの人達で一緒に見るという思いつきイベントに参加した。
M-1を誰かと一緒に見て、こんなに話せるとは、いつの自分が想像できたことだろう。
小学校の頃の私。
中学校の頃の私。
高校の頃の私。
それぞれが、まばらながらに、お笑いを好きでいた。
いつから好きでいたかなんて分からないほど無意識に刷り込まれていた。
同世代なら分かるだろうが、小学生の頃というのはエンタの神様レッドカーペットめちゃイケはねトびその他諸々、とにかく色んな形でお笑いが豊富で、毎日のようにテレビを見てはゲラゲラ笑っていた。
まだそこまで動画配信とかネットで見ることは栄えていなかったと思う。
今思えばこの頃から私はテレビが大好きで、新聞のテレビ欄を毎日チェックして、今日はこんな番組があるんだ、ってわくわくしていた。
お笑いは、多分兄が好きだったのか、毎日テレビでバラエティやネタ番組が流れて常に芸人が映って、そうすると必然的に私も一緒に見ていた。
だけど笑ってたのは必然的にじゃなくて、自分で面白いと思ったからだった。
恐らくそんな感じで見ているうちにお笑いがなんとなく好きだなと思い始めて、だけどそれはテレビで盛り上がっている皆がそう思っていて当たり前の感情だとも考えていた。
これは完全に余談だが、小5の頃だったか、土曜深夜にピカルの定理という番組をたまたま見つけて、これ面白いぞ!見て!ってクラス中に広めたことがある。
その後に水曜8時に昇格したから、ちょっと自分のおかげなんじゃないかと思った。
まぁその後呆気なく終わっちゃったんですけどね。
時系列があやふやでうろ覚えなのだが、思い出せる限りで、私が自発的にお笑いを求めた中で一番古い記憶は、小学校4年だか5年の時にパソコンで東京03のコントの動画を見ていたことだ。
東京03がKOCで優勝したのが2009年でその時の私が小学3年生だから、まぁ時期的に存在を知っていてかつ面白いからもっと見たいと思う気持ちがあったのは自然な流れだと思う。
エンタも結構出てたしな。
笑いのニューウェーブのネタもYouTubeで見まくってた。
銀行振込のネタが大好きだった。
あと何か知らないけどラーメンズも見てた。
ニコ動で。
ニコ動でラーメンズのコント見るなよ。
バニーボーイ、不思議の国のニポンとかそんな有名どころしか漁っていなかった気がするが、採集のラップの時のニコ動のコメントが大盛り上がりでこう、視覚的に楽しかったのかな?
いや分かんねぇけど。
不透明な会話が何気に結構好きだ。
今でもはっきり覚えているのは、小6の時、パソコンを自分の部屋に持ち込んで、布団の中で夜更かししながらゲームしたり動画を見たりしているうちに、なんか眠れなくなってきて初めてオールをしたこと。
その時に、もう寝れないから朝まで起きてみよう、と決心した後に、朝まで見ていたのがラーメンズのコントだった。
キモい小学生だな。
そう、小6の時。
2012年。
これが、本格的にお笑いを好きになるきっかけの年だった。
キングオブコント。
バイきんぐが優勝した年だ。
それまでは賞レースをちゃんと見てはいなくて、兄がテレビで見てたのを一緒に眺めていたような気もするが、他のネタ番組とかと同じようなノリで見ていたと思う。
2012年、新聞のテレビ欄でKOCの枠を見つけ、それも「へー見よー」ぐらいのノリで見ることにした。
その時何故か兄はいなかったんだよな。
だから一人で自主的に見たんだけど。
その時のことは結構覚えていて、さらば、銀シャリ、トップリード、かもめんたる、うしろシティ、しずる、夜ふかしの会、バイきんぐの8組がファイナリストだったのだが、当時の私はしずるをちゃんと知ってて、銀シャリが何となく分かるレベルの認知度だった。
あとは全く知らない人達。
オープニングでダウンタウンが、今年無名が多い的なことを喋っていて、そうだよね?と思っていたのを覚えてる。
だけどそれが、まぁざっくり言えば衝撃的に面白かった。
本当に衝撃だった。
今までテレビで見たこともなく名前も知らなかった人達が、こんなに面白いコントをやっているのだ。
そんなのありえないと思ってた。
だって面白い人は皆テレビに出てると思ってたから。
1本目の出順が一番最後だったバイきんぐの教習所のネタを見て、トドメを刺された。
違う、テレビに出れてないだけで、自分が知らないところにも面白い芸人は沢山いるんだと。
優勝したバイきんぐが面白かったのはもちろんのことだが、その時の私はさらばのイタトンにどハマりした。
いや、というか今でもあれは物凄いコントだと思ってる。
休み明け、小学校に行ってもKOCなんて見てる人全然いなかったけど、唯一、クラスのマドンナ的存在だった超優しくて可愛い女の子が「見たよ!イタトンでしょ!笑」って言ってくれて盛り上がったのをめちゃくちゃ覚えてる。
さらばが松竹だった時だよ。
かもめんたるも銀シャリもまだチャンピオンじゃなかった時。
うしろシティが毎日Ust配信してた頃。
新妻がまだ侵入する前。
その時は8組が4分コントを2本ずつ披露するシステムだったんだけど、私は未だにあれが良いなと思ってしまっている。
さらば、トップバッターで準優勝したんだぜ。
まぁそんな感じで2012年の秋にめでたくお笑いの熱さに目覚め、以降お笑いの虜になる。
冬にTHE MANZAI(当時はM-1の代わり)を見てまた色んな芸人がいることを知る。
年数制限が無かったから、あれはあれですげぇ面白くて大好きだったな。
それから何したかって、もっと知らない芸人を見たいと思って、深夜番組に辿り着く訳だ。
確か地元だと放送時間の関係で、ロケットライブとパワープリンとバカヂカラが全部同じ時間帯に被ってた。
それでどうにか工夫して3つとも録画してた気がする。
他にも見れるものは全部見てた。
ロケットライブがバチエレになって、それを追っかけてたら中学生になってた。
バチエレ、まだ前髪を真っ直ぐ切り揃えてたまいんがアシスタントやってて、それから乃木坂の存在もちゃんと知ったな。
今一番売れてるのまいやんだな。
小学校の頃の話だけでかなり長くなってしまったので後はざっくり書くが、中学の頃はKOCの翌日普通に仮病で学校休んで見返したり、中学の最後の方でAマッソのコンビニのネタを見てこんなネタで漫才する女芸人がいるんだと衝撃を受けたり、高校入試の前にR-1でザコシが優勝しててこんな笑いの取り方があるんだと衝撃を受けたけど同じ高校受ける奴らが「何が面白いのあれ(笑)」と言っててコイツらとは仲良くできねぇなと思ったりしていた。
オサレもんかツギクルもんか覚えてないけど、これまた中学の終わりの方で、他クラスにいた親友に「ニューヨークっていうコンビが出るから見て欲しい」と言っておいたらエロい女しかいないコンパの話が出てくるネタで、でもちゃんと見ててくれて2人で廊下で盛り上がった記憶がある。
高校になると何度かライブに行くようにもなった。
一人で遠出は不安だったけどかと言って周りにライブ行きたいほどのお笑い好きなど微塵もいなかったので、2人の親友に無理矢理一緒に来てもらったりもした。(まじでありがとう)
それこそAマッソの単独ライブに絶対行きたくて、学校で10時になった瞬間急いでスマホでチケット予約して、昼休みにコンビニに行って発券したこともあった。
冬はM-1の予選の動画をGYAOで見れるようになったから、友達にも勧めたくて見せようとしたけどあんまりハマってなかったし上手くいかなかった。
と思ったけどその時見せてたのウエストランドとかだったな。
もうちょっとチョイス考えろや。
それからラジオにもハマった。
通学に一時間弱かかってたから、その間にラジオ聴くのがちょうど良くて、既に放送されたものを電車とかバスの中で必死に笑いこらえながら聴くのが超楽しかった。
今でも毎週欠かさず聴いてるのは、ハライチのターン。
もう高校の頃はハライチのターン聞くために一緒に帰る友達をまいて一人でバスに乗り込んだりしてた。
今考えると普通に頭がおかしい。
でも岩井帝国民なので仕方がないと思う。
そんな小中高を過ごしてきたのだ。
だから、賞レースは一人で見るもの、面白い番組は誰かに勧めて見てもらうもの、ライブは興味のない人について来てもらうか一人で行くもの、だと思ってきた。
それが、それがだ。
今大学生になって、面白い芸人を教えてもらったりラジオや動画を勧めてもらったり、果てには賞レースの熱さを共有できる。
そんなこと、今までの自分に言ったらどうなるだろう。
ずっと夢見てきて、今度こそお笑いが好きな誰かに出会えるかもしれないと思ったけどどれも叶わなくて、ツイッターでどこに住んでるかも知らないお笑い好きの人達とTLで盛り上がって、たまに賞レースの感想を兄妹で送り合うしかなかった私に。
そっか、こういう未来も待ってるもんなんだな。
お笑い好きで良かった。
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