夫の推しが辞めて気づいた。

夫の推しが辞めた。https://note.mu/lafrance/n/n283922a57a38

 夫を突き放して1週間ほど口も聞かなかったものの、ようやく事態の深刻さに向き合い始め、今さら夫の健康面が心配になった。夫は朝まで見てもいないテレビを煌々と付けっ放しにしてため息をつきながらスマホを触り続け寝落ちの日々、そのリビングの灯りが寝室にダイレクトにさしてくるのでなかなか寝付けず、イライラしていたのだが、そのうちに光を遮断して寝ることを思いついた私はともかく夫がしばらくまともに睡眠をとっていないことに気付いた。体調も崩し、仕事にも集中できていないようだった。そんな状況をオタク友達にやっと相談し始め、見えてきたことが2つあった。

 1つはこのままだと夫が体調を崩す可能性があるということだ。真面目な夫は推しに、現場に、界隈に、全てに真面目になり過ぎてしまい、何もかもきっちりやってきた。そこで梯子を外されてバランスを崩す、十分にあり得る話だし現にそうなっていたと思う。しかも、今の濃密なヲタ活動はこれまでに経験のないことで、今目の前にあるものだけが夫の世界の全てだったと思うし、1つの正解のようなものだったのだと思う。この話をしていると、長らく「地下」と呼ばれるアイドルのファンでいると解散も脱退もスキャンダルもそう珍しくなく、経験はなくとも明日は我が身と身構える、と知人が語ってくれた。確かにそうで私自身もファンとして過ごすうちにそんな悲しい予防線を張ってきたので、夫が来年の生誕や来年の周年ライブの話を楽しそうにしているのを聞くたびに「来年はないかもしれないんだよ、アイドル現場に絶対はないよ」と言ってきた。それはそうだけどさ、と笑いつつも夫はそんな「来年」を想像していなかったと思うし、したくなかったと思う。なんというか多分今もしていないし、きっと「絶対」を信じている。そんな夫の純粋な思いは、夫の心を全く防御していなかった。万一夫が仕事を辞めるようなことになったらどうしよう、仕事を続けられなくなったら、と考えるようになった日、ようやく私は夫に声をかけた(家族として生活の心配は深刻だし、後に述べるように夫に依存している私は仕事はしていても社会人として自立している状況になかった)。

 そしてもう1つは、夫は界隈(=オタク友達たち)に依存しており、私は夫に依存しているのだということだ。夫の「依存」はもちろん推しにもあると思う。しかし同時に界隈も夫にとっては「居場所」になっていて、それを失うかもしれないというのは大変に不安なことだったと思う。
 「地下」では、アイドルとの関係以上にそこの集まるファンとの関係性が、その現場に繋がり続けるか否かを左右するほどにヲタ活の大きな比重を占める、と私は考える(あまりにも気の合わない、方向性の合わないファンが大多数の現場であればそもそも現場には行かなかったりする)。生誕やワンマンと言ったライブをファン主導で企画をして祝ったりするうちにファン同士の結束は強くなっていく。そんな密なコミュニティに初めて繋がった夫は、きっといろんな思いがあったものの、家族とは違うコミュニケーションを楽しんだり、責任を感じたりしながら、濃い時間を過ごしてきたのだろう。普段ほとんど全く友人に会うこともしてこなかった夫にとって、それはかなり特別だったと思うし、高校生のオタクは可愛かったと思う(この歳になるとピンチケは可愛く見えてくる)、おじさんとはアイドルの話題以外に共感することもあったかもしれない。彼らの話を私にはほとんどしなかったけど、たった20分のライブのために1日中家を空けて夜遅くに赤い顔で帰ってくる夫を見れば「楽しい」のだとはわかった。そしてそれは私との約束よりも優先されていった。
 一方、夫に「依存」している私は、なんでも夫に手伝ってもらい、朝は夫にスケジュールをみんな話し、夜は何があったか喋り続け、さらに昼間は自分が今何をしているか一方的にLINEし続けるような人間だったので夫を突き放してから全く落ち着きがなくなってしまった。息苦しい。結局、家の掃除や仕事に集中することで気を紛らわせていたので家は綺麗になり、仕事は捗り、よかったのだが(本当によかった)そんな自分に今まで気付けていなかったことに少し驚いた。そして夫のことを考えすぎて、リビングの光を遮断しても実はなかなか寝付けず、夜中に何度も起きていたことを思い出した。自分が夫のことを考えすぎて体調を崩す番だった。

 調子のいい時に夫と映画を観にいった。くだらない感想を言い合ってとても楽しかったし、とても珍しいことに今度旅行にでも行こうか?と言ってくれた。もともと旅行嫌いの夫のために夫も興味を持ちそうな旅行先をリストアップした。旅行に行ける日がくるかはわからない。絶対はないのだ。でもなんとなく「絶対」を信じてみたくもなる。まだまだ名前のつかないモヤモヤは残る。