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【総説】ウーパールーパー研究における今後の目標と課題

【新規テーマ展開】累代飼育メキシコサラマンダー系統の遺伝子型の精査 および 近縁アンビストーマ種における生理学的応答の調査

当ラボの最新報告として、汽水環境の重要性についての研究発表・報告を致しました。

【研究報告】メキシコサンショウウオの生活環における汽水環境の重要性 (2023年10月28日)

本テーマで杉山が解説している理屈としましては、メキシコサラマンダーの本来持つ汽水依存の免疫力が累代飼育や系統化の中で低減し、現在の日本の淡水飼育では一層巧く発揮できておらず、総合的には弱体化したと考えているという内容です。

これは、あくまで一つの科学の学説として、こんな可能性もあるんだなぁと、気軽に見ていただければ幸いです🙇‍♀

色々な方々から、以下のような趣旨のご指摘があったので簡単にまとめました。

1). “系統化の影響で結果的に汽水適応してしまっていないのか?“

2). “現在の品種化されているウーパールーパーは小型化等や累代飼育の安定化に際して、近縁種のタイガーサラマンダー (Ambystoma tigrinum )等と交雑されたとされているが、メキシコサンショウウオとして論理展開していいのか?“

これらは本当にありがたいご指摘で、実際我々が今後気にかけるべき課題として、実は議題に挙がっていた内容でした。

現在のウパルパ系統に含まれる可能性がある近縁種の遺伝情報については、科学論文上でも正直不明瞭な場合が殆どです。
当ラボも、実際の所、現在ゲノムブラウザーのデータベース上に公開されているゲノム情報に従って調査を行っています。

分子生物学全般の昔からの課題でもありますが、ウパルパに限らず、細胞株でもマウスやラットでも、研究で用いる系統として用いられている物はゲノムが読まれつつも野生種との違いは考慮されない部分も正直あります。
また、研究施設ごとに累代する過程で少しずつ遺伝的に差異が生まれてしまったり、そもそもの入手の起源の違いによる遺伝的差異が生じることで、再現性が得られない要因になることも、望ましくないものの実際の所は多々あります。

我々は、複数の業者様から入手した個体を複数のN数で使用するなど、普段から配慮して参りました。

現状、アンダーソン等の近縁種でmRNAについて調査した結果はありますが、タイガーサラマンダー達については未実施です。

今回のご親切なご指摘を踏まえ、今後の活動の中で鋭意調査していく予定です。予算計画にこれらの新しいテーマも導入していきたく再編成中です。

今後の展開として、以下の2つが挙げられます。
・1)メキシコ以外のアホロートル近縁種や他のネオテニー種における汽水への適応能力や関連する遺伝子配列の比較
→ 進化や分布、汽水適応の起源について解明したい

・2)各研究機関が取扱うアホロートルの系統の起源の調査
→ 実際の実現は難しいが、研究機関のアホロートルにおけるゲノムの差異が分かれば、現在の論文に用いられている系統における遺伝的なメキシコサラマンダーの存在比率をある程度判定することができる

※ 23/11/6  追記
内容2に関して情報提供がございました。
両生類研究者の先生  [佐藤 伸 (さとう あきら) 准教授] より情報提供いただきました。

・日本国内で流通している個体は、野生型のメキシコサラマンダーである可能性が高い。
(勿論、混血の可能性もあり得る。)
・広島大を含めた研究機関で用いられている系統は、アメリカ由来のタイガーサラマンダー種との混血の可能性がある(一部の論文でも取り扱いあり)。
とのことです。

当ラボでは総合的に判断し、混血の可能性もある、程度の言及に留めることにします。

世界中の研究機関では、あらゆる生物の形態や分布・交配の有無の調査による系統分類や、遺伝子解析による分子的生物学的な分類 [全身のゲノム配列比較, ミトコンドリアDNA (全長や部分的配列), ミトコンドリア アミノアシルtRNA 合成酵素 (mt-ARS), 18S rDNA などの比較] をされており、アホロートルや近縁種も分類学的には現状ある程度区分けは既に報告されています。

尚、48種のアンビストーマ種について、2018年の文献にてゲノムが既に読まれた結果が得られているという報告が見られます (Melissa et al., 2018) 。
下記で参照した系統樹は、この結果や過去のあらゆる研究に基づいた系統樹であり、信憑性はある程度あると言えます。

このゲノム解析の結果は、オンラインのデータベースに記録された配列情報と専用のアプリ・ツールを用いることで自由に見ることができることから、今後の当ラボにおける研究にも順次適用して参ります。
(下記の文献 および 系統樹を参照)
https://www.researchgate.net/publication/329547761_Miniscule_differences_between_sex_chromosomes_in_the_giant_genome_of_a_salamander

本文献を含め、我々がデータベース上で確認したアホロートルの情報は、タイガーサラマンダーと交雑されて品種化されたメキシコサンショウウオを用いている物の結果を挙げており [メキシコサンショウウオ (メキシコサンショウウオ × タイガーサラマンダー) との表記あり]、純粋な野生種の配列情報に違いないと確信できる解析情報(および ゲノム配列解析に関する論文)は私の確認した範囲では見られませんでした。

どうやら海外の研究機関では、タイガーサラマンダーとの交雑種である可能性がある流通個体を起源とした研究用の系統を用いて分析を実施していたようです。ゲノムのデータベースは、混血の結果である可能性が高く、その点に今後注意は必要です。

国内の研究機関でも、こうした系統を用いている所もあると推察されます。
今後、この点はよく留意していきたく思います。

ひとまず我々が直近すぐに実施できることは、
今後の文献発表時、
"本検討に用いた系統は国内流通個体由来であり、海外からワシントン条約による規制以前の時代に野生型が持ち込まれ、累代飼育された系統である可能性が高い。
しかし、研究機関ではタイガーサラマンダーとの混血種を用いている可能性があるため、我々が使用している系統にも混血種が含まれる可能性がある。"
という旨を
"材料と手法" の欄に明記すること
と言えます。
また、あらゆる可能性を考慮し、“標準系統“ という簡単な表記に留める場合もありそうです。
むしろ、それ以上の事は、直には手が打てないというのが現状です。

【タイガーサラマンダーや他のアンビストーマの仲間について】
恥ずかしながら、メキシコサラマンダー以外のアンビストーマ属には当ラボではまだまだ疎いので、以下、少しだけ整理してみます。

どうやら、提供いただいた情報や、我々の文献調査によると、淡水の硬水域に生息していると推察されます。一方で、一部の種類はメキシコにも分布しているため、汽水適応できる可能性は十分にあります。とはいえ彼らは北アメリカ全域に生息するため、硬水は好むものの、少なくとも現在においては汽水環境がなくとも問題なく生息可能な免疫力であると考えられられます。

また、これらのアンビストーマの仲間の一部は、ネオテニー(幼形成熟)化し、アホロートルとして生育している物もいるようです。また、後述するこれらのアンビストーマの仲間の雑種が野生化し、生態系を乱してしまう問題も深刻なようですね。

図: タイガーサラマンダーの仲間の生息分布

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20141218/429025/?ST=m_column


これらの情報から、メキシコサラマンダーとタイガーサラマンダーの仲間では、塩分の感知や排出等の機構が大きく違っている可能性が推察されます。

従って今後、生息地・分布等の生態関連の情報や、遺伝学的な情報に基づいて順次調査をしていきたいと考えます。


(Melissa et al., 2018)
https://www.researchgate.net/publication/329547761_Miniscule_differences_between_sex_chromosomes_in_the_giant_genome_of_a_salamander

分子系統樹を見ると、交雑したと言いつつ、トウブタイガーサラマンダー(Ambystoma tigrinum) とはやや離れた所に位置しているのが分かります。
これを踏まえると、研究機関で累代飼育された混血のアホロートル達であっても、全ての行動や生理的な応答においてタイガーサラマンダーの性質に引っ張られた挙動を示すとは考えにくいでしょう。

今後の研究活動の中で、これらの疑問を順次調査していきたく思います。

巧く行けば、メキシコサラマンダーが汽水に特異的に適応し得ることを示すことにもつながると思われます。

逆に、他のアンビストーマもある程度汽水適応しうるならば、流通しているメキシコサラマンダーや、他の雑種との適応能力の違いについて比較してみるのも非常に面白いテーマ展開になると思われます。

これらの新たなテーマから得られた知見が、我々の研究を更に後押ししてくれることが大いに期待されますので、皆様どうぞご期待下さいますようお願い致します。

一応、タイガーサラマンダーのネオテニーが汽水・塩水に適応したであろう記録が残っています。

現在淡水域にも広く分布するタイガーサラマンダーが汽水適応できるのであれば、メキシコサラマンダーの汽水適応もある程度証明できそうですね。

また、もう一つの可能性として、実はこうした汽水適応個体がメキシコサラマンダーや他のアンビストーマのうちの汽水適応した品種との(ともすれば複数との)混血雑種として産まれ、ネオテニー化し、親同様に汽水適応した可能性も十分にあると考えられます。

尚、これは特に杉山の私見ですが、進化的の背景で複数の交雑が自然界で繰り返し行われた結果、現在のアンビストーマ種の野生種として確立した種類がいるとしたら、ゲノムの配列による区分けだけではやや遠遠の品種であると判別できてしまう可能性は十分にあると思われます。

また逆の考え方として、タイガーサラマンダーを含むアンビストーマの仲間が、淡水と汽水いずれにも問題なく適応することが出来た場合、これらアンビストーマの仲間のうち、メキシコサラマンダーのみ淡水適応が苦手である、という考え方もできるかもしれません。
これも非常に面白い仮説ですね。


【今後の研究的なアプローチ】
今後のメキシコサラマンダーとタイガーサラマンダーとの生理学的な比較については以下のアプローチを考えています。

調査項目: 国内で流通しているタイガーサラマンダー系統について、汽水適応の有無について、汽水飼育やストレス応答、イオンチャネル等について調査する。
対象: 上陸したアダルト個体、ネオテニー個体、幼生個体それぞれの違いについて、トウブタイガーサラマンダーやオビタイガーサラマンダー等、国内流通している系統や雑種個体について、順次調査・比較する。

【研究計画 (おそらく検証自体は外部委託)】
おそらく野生型である国内メキシコサラマンダー
トウブタイガーサラマンダー
オビタイガーサラマンダー
メキシコサラマンダーとタイガーサラマンダーの混血(F1)個体
トウブとオビの混血(F1)個体
幼生とセミアダルト、上陸成体
→ 野生種(WC)と累代個体(CB)それぞれで比較する
(混血はおそらくCBのみで検証可能か)


【補足: 当ラボにおけるメキシコサンショウウオと汽水に関する調査結果の一覧】

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