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好きな人たちとプレイリストを作って遊ぶのが楽しい。そして文章を書くのも、読むのも楽しい。だから好きな人と2人でそういうことをやってみようと思う。交互に選曲し合い、文字を紡ぎ合う。このマガジンは、いつかの私たちに送るプレイリスト。そして記録。

爛漫/カネコアヤノ

男は部屋を出て行く準備を始めた。
外には霧がかかっていた。本格的な冬の始まりを報せる日だった。誰かに恋をしたように頬を赤らめた紅葉が、そのほとんどの恋が終わりを迎えるように、雨に打たれ風になびき落ち葉となっていた。男がその部屋を出て行くと決めたのはそういう日だった。男には失うものが多かった。それはつまり男が沢山の物を所有しているという事だった。そしてそれらが男を苦しめているということだった。
それに気づいた経緯は長くなるし、端的に話をかいつまもうにも、一体その男がこれまでにあった酷い仕打ちや幸福の中のそのどれがこれを決定づけたかは定かではないし、それらを全て書くのは何も書いていないことと等しくなるので説明は省かせてもらう。

男はとにかくその部屋を出ていかなければならない必要を感じていた。

男は全くの不幸という訳ではなかった。朝は自然と目が覚めて、コーヒーを淹れ、季節の変化に気づく程には健康的であった。それに街に出れば親しい友人もいたし、何かに熱中できるほどの趣味も、またそれを楽しむだけの経済的余裕があった。だけどこの部屋に住んでいること。唯一それだけが男の心の平穏を乱し、世界を空虚なままにさせていた。
男は部屋にいると何もする気力が湧かなくなった。外へ出かけることも億劫になったし、料理をすることも面倒くさかった。男は眠たくなかった。だけど男が唯一できることはベッドに横たわり目を閉じて、この世界から離れた健やかな場所で、安心を感じることだけだった。だけど目が覚めるとやはり苦しみが男を襲った。

やはり男はその部屋を出て行くことを決めた。
何かを失うのが怖くなるくらいに、必要以上のものを獲得しすぎていた。それが原因の全ての様であったし、それはほんのささくれの様な理由の様でもあった。

男は部屋を出て行く準備を始めた。
行方は何も決めていなかった。それでも男はその部屋を出ていかなければならなかった。気づかれないようにひっそりと。誰にも何も告げずに。それがその男が救われる唯一の方法だった。

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