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いろんなところに載せたものをまとめておく場所にしようと思います。

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最近の記事

子供のあそび(「本当の名前」より)

友人と出している文芸誌 「百年寝ようよ vol.03」(2023/05/21 文フリにて刊行) に掲載した短編の試読版です。 【名前】をテーマとしたSSを三編まとめた作品です。 こちらからご購入いただけます。 ——————  ブラジャーの紐がやけに肩に食い込んでいたので、少し太ったかなと思っていたある午後のことです。わたしとTは、オフィス街の小綺麗なレストランのテラス席でイタリアンを食べていました。ブラ紐をさりげなく引っ張って、食い込みを直します。指が滑ってバチンと音がし

    • ゴールデン・インディゴ・ジャーニー

      卒業制作展(2021/01/28〜)にて発表した「ゴールデン・インディゴ・ジャーニー」の試し読みです。 第二章ですので前後の流れがちょ〜っと分からず読みづらいかと思いますが、全体の雰囲気を感じていただければ…。 Kindleの概要欄に全体のあらすじが掲載されております。 Kindle版はこちら、製本版はこちらから閲覧・ご購入いただけます。 ————  ゴールデン・インディゴがいなくなって以来、僕は半覚醒の悪夢を見ることが度々あった。それはシーソーのように曖昧で、冷や汗掻く

      • だから僕はバスジャックをした。

        友人と出している文芸誌 「百年寝ようよ vol.02」(2022/02/20 コミティアにて刊行) に掲載した短編の試読版です。 こちらからご購入いただけます。 ————  いまどき、なかなか古風な奴だ。僕は冷静に感心していた。  命が惜しいか、惜しくないかと問われれば、そりゃもちろん断然惜しいに軍配が上がる。しかしバスを降りたいか降りたくないかと問われれば、バスの外は暖房が効いていないのでなるべく車内にいたいかな、なんて思う程度には、緊張感がなかった。僕はいつだって、

        • きみの咆哮

          友人と出している文芸誌 「百年寝ようよ vol.01」(2020/10/31刊行) に掲載した短編の試読版です。 こちらからご購入いただけます。 ————  モイロは今日も無口だった。もしもこの島がこれから文明を生み出す段階にある、いわゆる発展途上の地であったならば、「無口な」という形容詞は「モイラ」になっていたことだろう。(形容詞は語尾が必ず-aになるというルールがこの島には存在する。もちろん、全てはものの例えであって、このルールに則る必要が全くないのは承知済みだ)とに

        子供のあそび(「本当の名前」より)

          不二男の腕

          所属ゼミにて運営している 「クリティック・アラベスク」というページで 2021/07/24に公開したものです。 ————  不二男の腕がなくなったのは、高梨とおれが絶交したその日だった。  喧嘩になった月読神社からうちまで帰る道のり、背中にべったり、シャツと寂寥と蝉の声が張り付いていて、不愉快だった。暑くてうるさくて、寂しい夕方だった。こんな時、おれはいつも不二男に会いたい。幼い頃からずっとそうだ。不二男はおれのぜんぶを肯定し、抱きしめ返してくれるから。  おれは急いで不

          不二男の腕

          グローブ

          所属ゼミにて運営している 「クリティック・アラベスク」というページで 2021/01/13に公開したものです。 ————  そういえば昔、私は野球をやっていた。 正月、実家のリビングでガラスの器に積まれたみかんを手に取った時、ふと思い出しました。 「みかんは揉むと美味くなる、野球も揉むと上手くなる」 そう言いながら私の筋肉痛の肩を揉んでいる母親の顔が蘇ったのです。私は無意識的にみかんを揉みながら、ガラスに映った自分の顔を見つめました。白くてブヨブヨで、まるで野球という言葉

          グローブ

          接近

          所属ゼミにて運営している 「クリティック・アラベスク」というページで 2020/10/22に公開したものです。 ———— 犬を抱いてバルコニーに出た。扉の脇のテーブルにセットした紅茶は今日のために買った、少しだけいいものだ。準備は万端に思われたが、半袖一枚ではもう肌寒い季節になっていた。さむいね、と裸の犬に言う。 なんでも、火星が地球に接近していてよく見えると聞いたのだ。火星は月の、直ぐ側にある。 地球も火星も同じ太陽の周りを回る惑星だが、だからといって回転の軸、円の中心

          接近

          松に鶴

          所属ゼミにて運営している 「クリティック・アラベスク」というページで 2020/05/28に公開したものです。 ————  祖父が逝ったのは17の冬だった。葬儀のために母の故郷の村へ赴いた。コンビニもなくスマホも通じない田舎。村中みんな知り合いで、だれが何を持ってるだとか、だれが誰をどうしただとか、そんなことが何より大事に思えてくる村である。都会のコンクリートが恋しい。  吐く息は白く、故郷の平屋はギシギシと動物のようにないていた。持ち主の死にあって、過去一番の人の出入り

          松に鶴

          ミッドナイト小景

          所属ゼミにて運営している 「クリティック・アラベスク」というページで 2020/05/15に公開したものです。 ————  ハイウェイを抜ける。ICを抜けて下道に降りた途端、風音が消え一気に静寂が襲う。新月の夜だった。ようやく免許が取れたのだと、彼が青年の家を訪ねて来たのが三週間前。それから毎週水曜深夜は二人のドライブだった。彼らが向かうのはいつも森だった。免許を持たない青年は、彼の危うい運転に揺られるがままだった。彼と死ぬならそれもまた良いと

          ミッドナイト小景

          割線は鋭く

          所属ゼミにて運営している 「クリティック・アラベスク」というページで 2019/11/01に公開したものです。 ————  かつて10÷3は3余り1だっただろう。 小学生の頃割り算は、足し算よりも引き算よりも掛け算よりも高度な技術で、それなのに余りという身近で丸っこい言葉を連れて歩いているのが可笑しかった。余りを表す「・・・」は沈黙の三点リーダーみたいで、余りを出すことを渋っている感じがあって可愛かった。しばらくして分数を習って、一本の線が鋭くきっぱり割り切ったとき、それ

          割線は鋭く

          アスカの星

          所属ゼミにて運営している 「クリティック・アラベスク」というページで 2019/08/02に公開したものです。 ————  「アスカちゃん、洗濯干してきて」  私はアスカちゃんじゃない。でも洗濯は私の仕事で、この部屋で洗濯をするのはアスカちゃんで、だから私はアスカちゃんなのである。女子高生風俗の洗濯係は、営業終了後にその日の洗濯物を干して、翌営業開始前にそれを取り込んで、アイロンをかけるのが仕事だ。うちの店では私とあと二人洗濯係がいて、みんなで代わる代わる洗濯をしている。

          アスカの星

          唾液は渇き

          所属ゼミにて運営している 「クリティック・アラベスク」というページで 2019/06/12に公開したものです。 ————  見渡す限り、あらゆるものが二つずつあった。ベッドに置かれた枕も、乱雑に脱ぎ捨てられたスリッパも、ささやかに立てられた歯ブラシも。彼はもうここには帰らない。二つ目のそれらはすべて、一ヶ月前から持ち主不在だ。この家にとってすっかり余剰となっていた。  余剰を捨てる。余剰が占めていた場所を取り戻さねばならなかった。身動きが取れないほどに窮屈だったのだ。ひか

          唾液は渇き