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赤と青


左足の一歩から、大きく踏み込む。

右足の踵から踏み込んで、両手で大きくテイクバックを取る。

前に進むエネルギーを溜め込むように。

その手を振り上げて、天に手を伸ばす。

と同時に、解き放つ。

何度も、何度も、繰り返す。

そこに見えるもの

鎖骨から心の上あたりまでがごわごわする。

強めに胸を撫で下ろしながら、耳をつんざくような合図とともに僕は雄叫びを上げる。

これは相手への威圧か、仲間への鼓舞か。

いや、自分の中の魔物を払うため。

コートに立って相手と向き合うと、強張り切った体からいったん意識を離すため、全身を脱力する。

あんなにアップを重ねて熱くなった身体なのに、真冬の外気に急に放り出されたかのように全身が震えている。

緊張から脱力したときの、この逃げ場のない宙に浮いたような感覚はいつだって怖い。


思ったより早く僕の視界に飛び込むボール。

不規則に波打つ自分の鼓動に意識が向いた瞬間、

足元はブレる。

それが全体の動きに響いて、ボールは思った方には上がらない。

やっぱ緊張してんじゃねえか。。

その事実にはなぜか笑みが溢れる。

無理な体勢からセッターからボールが高く上がる。

十分だ。

叩ける。

左足の一歩から、大きく踏み込む。

右足の踵から踏み込んで、両手で大きくテイクバックを取る。

前に進むエネルギーを溜め込むように。

その手を振り上げて、天に手を伸ばす。

と同時に、解き放つ。

JUMP!!


走り続けるということ

足りない、足りない。まだここじゃない。

あんな風に、思い通りに身体を動かしていたい。そこで見る景色を見ていたい。

できない。できない。どうすれば。

鏡の前に立って自分を恨んでみようが、上を向いて歩いてみようが何も変わらなかった。

ただ。

がむしゃらに走り続けている時だけは、そこに向かって進んでいるようで。

辛くても、苦しくても大丈夫だった。

涙が出ることもよくあったけど。

ここまで、ずっと、ずっと、走り続けてきた。

止まるのが怖かったから。

一度止まってしまえば、何か大事なものと一緒に全て止まってしまう気がしていたから。

必死に、必死に積み上げてきた。

今にも壊れそうな氷面の上を、決して割れないように上手に歩いてきた。


もうすぐだった。

舞台の大きさは関係ない。今までの自分が、見たいと願い続けてきた景色が見られる場所。

その気配を、肌で感じられるくらいの。

もう目の前。

想像するだけで身体が熱くなっているというのに。



丁寧に、丁寧に守ってきた身体とは、全く別の部分が悲鳴をあげた。

あと、2日だった。

まだ見ぬ場所

全身が、熱い。

肺が呼吸の仕方を覚えて、意識を遮るものは額から落ちてくる汗くらいか。

ボールが高く上がる。もう何本目だ。

目の前に、自分より遥かに高い壁が迫ってくる。

何度戦ってきたのだろう。何をしようが絶対に埋まらないその差と。

何度繰り返そうが、1歩目の足がすくむ。

でも、

熱くなった身体と、目の前に浮かぶ球が僕の身体を連れていく。

時間をかけて、指令を出し続け、暖めてきた身体は経験したことがないほどに熱くなっている。

この先の指令の仕方を僕は知らない。

身体だけは、やることを知っている。

左足の一歩から、大きく踏み込む。
右足の踵から踏み込んで、
両手で大きくテイクバックを取る。
前に進むエネルギーを溜め込むように。

暖まってしなやかになった筋肉がうなりをあげ、
いつもより長く、深く踏み込める。

これはツバサだ。

その手を振り上げて、天に手を伸ばす。
と同時に、解き放つ。




ここは、どこだろう。

視界は広く、身体は浮いている。

脚は巻き込まれ、もう一度バネになる。

ボールが、手に吸い込まれていく。

1番怖いこと

なんで、今。

今年5月中旬。ある病気に襲われた。

しっかりと握りしめたと思っていた、

長い長い時間をかけて作ってきた信頼とチャンスが

急に形を失ったかのように手のひらの隙間からこぼれ落ちていった。

走り続けていた足が、完全に、止まる。


動けなくなって、淀んだ血が流れる冷え切った足。

誰のせいでもないことを認めたくなくて。

手術への恐怖を振り払うように、

辛く挫けそうな時にはいつも涙と熱いものを連れてきてくれた音楽を爆音で流していた。





涙が、感情が、

出てこなかった。





淀んだ自分の身体をベッドの上で眺めながら、もうこれ以上飛ばなくていいと、走らなくていいと。そう思うのが気持ちいいと思ってしまった。




"いままでずっと、飛べるフリをしていたのかな。"





涙が出てこないこと、それを認めようとしてることにとんでもない恐怖を覚えたけれど、そこから抜け出す方法はなかった。

知る由もなかった。

走り続けてきたから。





何日もずっと
何も受け付けなかった身体と心が、
唯一通したものがあった。


THE FIRST TAKE  『レンズ』 幾田りら


切なくて、暖かい恋の歌だった。

一発録りのその姿は
全身から音楽が溢れ出るように、
命を燃やしていた。

声を出し切った間奏の瞬間も、内側から溢れる感情に身体が震えていた。



腕に暖かいものが触れた。

久しぶりに温度を感じた。

と思ったら、もう止まらなかった。

今まで目を背けていたもの、

自分の中に残っているもの、

色々なものが流れ込んできて、溶けていった。

一晩中泣いて、最後に残ったのは、

歌声と

あの景色。


赤と青

たった一度、
立ち止まってしまったら動けなくなってしまう。

その事実は、走り続けていた時よりも

重くのしかかっている。

それ以上に怖いこと。

頑張るひとを見て、何も感じなくなること。

涙は、サイン。


心の中には二色の炎が揺蕩っている。

ひとつは、赤色の炎。

日々、いろいろなものを受け取って大きく燃え上がったり、ふとしたことで小さく、消えたりする。

情熱。

もう一つは、青色の炎。

常に静かに燃えている。挫折、転機のたびに大きくなり、決して消えることはない。

自分が生きていることの証明。プライド。

涙はここに触れると溢れる。

青くて、暖かい。

触れられると、思い出すだけで全身が熱くなるようなあの一瞬を呼んでくる。

もう一回。もう一回。自分にもできると叫びだす。

もし、願った舞台で
この世で1番長い一瞬を迎えられたら。

ふたつの炎は混ざり合って、
決して消えない輝きを放つ。

シンガロングが鳴り響く。


幾人もの喝采に似た声が、全身に回ってきた。赤い炎がふつふつと燃え始める。


歌い出しの透き通る高い声は、もっと深いところに響いてくる。青い炎に問いかけるように。


寄り添われているように感じる理由は僕はここにあると思っている。自分も気づいていないふとした時に出てくるもの。


ずっと敵だった緊張は"あの一瞬"から、自分を知らない世界に連れていく熱い武器になった。


目隠しをして、暗闇を走る自分を唯一照らす仲間。

だから。

コート内の緊張をくれ。
逃げ場のないあの息苦しさをくれ。


その先へ行くために。


スポーツはいらないものを削ぎ落としていくものだ。

答えてきた期待も、超えてきた思い出も。


いざというとき、足を鈍らす枷になる。


同じ景色は見られない。あの時できたことも。


心も体も、常に変わり続けているのだから。



でもこの歌は全部引き連れる。

どうして、重くない。

こんなに熱い気持ちになるのに。

それは、

心の青に触れられるから。

どこまでも無色な声は、普段入ってくることを許可していない領域まで溶けて忍び込む。

音に乗せる言葉じゃなくて、

言葉に乗った音、歌声が青を増す。

背負ってきたものは全て一度溶けて

エンジンになる。追い風になる。


随分と時間がかかったけれど。

またここに戻ってきたのは、

命を、炎を燃やしていたいから。

無事が当たり前でないことを知り、

決して絶やさぬように。

この小さな身体で何度も大地を蹴る理由はひとつ。

知ってしまったから。

たった一瞬でも構わない。



これは、反復ではない。

左足の一歩から、大きく踏み込む。

右足の踵から踏み込んで、両手で大きくテイクバックを取る。

前に進むエネルギーを溜め込むように。

その手を振り上げて、天に手を伸ばす。

と同時に、解き放つ。

一瞬を上書きする。


おわりに

ここまで読んでいただきありがとうございました!!エッセイなのか、詩なのかよくわからないものができてしまいましたが。僕の競技に対して、楽曲に対して待っていたもの、言いたかったことが少し見えた気がしています。

幾田りらさんへ

半年の間ずっとこの楽曲を待っていました。
今までずっと完璧を求めて走り続けてきたけれど、あなたの音楽に触れて、立ち止まらないために歩くことを覚えました。
高く飛びたいから、助走をとるために後ろに下がるし、大きくしゃがむことはあるけれど、もう決して後ろを見ることはしないです。この楽曲が追い風になってくれるから。
夏フェスを乗り越えて、たくさんの光と自分の操り方を知れたと知って。この先、あらゆるものを追い風にして新しい景色を見られるのなら、その一瞬に立ち会えたら嬉しいです。


1番怖いことを経験してしまったから、正しく挫折して、正しく泣いていたい。涙が出るうちは。

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