甘い玉子焼き



小さい頃から うちの母の玉子焼きには砂糖が入っていなかった。
少量のお醤油を混ぜて焼いた玉子焼き。
私は玉子焼きが好きだった。

小学生のある日、友だちが熱心に「すっごく美味しい玉子焼きの作り方」を教えてくれた。
「テレビでね、一番美味しい玉子焼きだって言ってた」と。
小匙1杯の砂糖とひとつまみの塩。
「すっごく美味しんだよ」

帰ってすぐ母に頼んだ。
どんな味なんだろう、きっと夢のような味なんだろう。と。
母は嫌だと言って作ってくれなかった。
「一番美味しい玉子焼きなのに!」と私は怒って食べたこともない玉子焼きを絶賛した。

日曜日の朝、早起きをして『すっごく美味しい玉子焼き』を作った。
それをお弁当箱に入れて家を出た。
すっごく美味しい玉子焼きを友だちと持ち寄って二人で食べるんだ。

原っぱで広げたお弁当箱。
美味しいねって友だちは食べていた。

玉子焼きは美味しくなかった。
玉子焼きもプリンも好きだけど、甘い玉子焼きは美味しくなかった。

子供が使い散らかした台所の残骸に、母は何のリアクションも無かった。

それから何度か挑戦したが甘い玉子焼きの延長線上に私の美味しいは無かった。

甘い玉子焼きが食べにくいなら、チョコを入れたら美味しいよと言う人もいたけど、そこまでして甘い玉子焼きを食べたい訳ではない。
そこに小麦粉が入ればチョコクレープだから、そこまでうへぇー;と思う物でもないのかもしれないが。

違うの。
私は一番美味しい玉子焼きを食べたかったの。



母の玉子焼きには砂糖が入っていない。
少量のお醤油。
長女のお弁当には私が作る母の玉子焼きが入ってる。
「玉子弁当って思われそうで恥ずかしい」と言いながら、毎回詰めれるだけ詰めていく。

うん。
一番美味しい玉子焼きだからね。





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