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『暮色に包まれた中で四季咲きのような恋をした』最終話

 【2024年】

 主婦の朝は慌ただしい。



 六時に起きて歯磨きや洗顔とスキンケア。洗濯機のスイッチを入れると、朝食と弁当の準備をしながら小学生四年生の娘を起こす。娘が洗面所で歯磨きと洗顔を済ませて戻ってくると、娘の着替えを手伝いながら私の着替えも済ませる。



 その頃に翔平くんが起き出して朝シャンを終えると、リビングに戻ってきて三人で朝食を摂る。



「ママ、今日もちゃんと歯磨きやったよ」



 食事を済ませて歯磨きを終えた十歳になる娘の紗枝が私の所に来て歯を見せにきた。食事を済ませた後の歯磨きチェックは欠かせない。



 私はもう歯磨きチェックはいいよって言っても、紗枝は止めずに私に甘えてくる。紗枝は今月から小学四年生の高学年の仲間入り。子供の成長は嬉しいけれど、いつかこうして甘えてくれなくなる日が来るのかと思うと、やっぱり寂しい。本音はまだまだ私達に甘えてほしい。



「紗枝、今日もお父さんと一緒に学校に行こうか?」



 リビングのソファーに置いてあるランドセルを手に持って、その小さな体で背負おうとしている紗枝にネクタイを締めながら翔平くんが話し掛けると「うん、ちょっと待ってて」とランドセルを背負うのに苦戦している紗枝に私は近づいて手伝ってあげた。



 翔平くんは時間帯が合えば会社に出かける駅までの道のりを毎朝送ってくれる。司くんが勤めている都内の不動産会社に勤め始めてもうすぐ十年経つ。



 最近では司くんと一緒に不動産売買と住宅建設が出来る会社を市原市内に立ち上げようと考えているらしい。それには私も建築設計の点で一枚噛んでいて事務員は里香と決まっているらしい。これから忙しくなりそうだ。 



「パパ、おそいよ、はやくーーー」



 一足先に玄関に向かった紗枝の大声が聞こえてきた。



 玄関に向かおうとしている翔平くんに「翔平くん、これ」と言って弁当を渡す。



「あぁ、また忘れた。ありがとう、沙耶」



 今日の弁当は翔平くんの大好きな豚肉の生姜焼きと甘めの玉子焼き。苦手だった料理の腕は家の近くの料理教室に通って磨いた。今では私が作った料理を美味しく食べてくれる二人の顔を見るのが楽しみになった。



「あとわかっていると思うけど、なるべく今日は早く帰ってきてよ?」



「わかってるって。司や会社にも言ってあるから大丈夫だよ」

 


 今日は結婚十周年の記念日。紗枝も一緒に三人で千葉市のイタリアンレストランを予約している。



「パパ、ネクタイ曲がってるよ? ママ、直してあげて?」



 革靴を履いている翔平くんを見て紗枝が気付いた。紗枝の優しい性格は翔平くん譲りだろう。お母さんや里香が大きくて丸い目と長い睫毛は私に似ていると言っていた。



「じゃあ、行ってくる」

 


 曲がっていたネクタイを直して翔平くんと向き直ると、やっぱり私の旦那は格好良い。スーツ姿は最初に会った時から印象深い。翔平くんはスーツ姿がよく似合う。



「ママ、行ってきまーす」



「行ってらっしゃい。二人とも気をつけてね」



 翔平くんと紗枝に手を振って見送った。二人は手を繋いで、玄関扉を開けると明るい光が差し込んで二人を出迎えた。



 扉が閉まった瞬間、脳内スイッチが切り替わる。この後は朝食の食器を洗って布団の片付け。洗濯物を干した後に掃除をしなくちゃいけないと考えながら、足はリビングに進む。



 この日常が十二年前、翔平くんと再会した後に描いた夢だった。翔平くんと結婚して子供と一緒に平凡で有り触れた日常を送る事。



 翔平くんを支える主婦として家事全般をこなしながら、翔平くんが仕事に集中出来る環境と疲れた心身を癒せる憩いの場所を作る。自意識過剰かも知れないけれど、翔平くんの顔は毎日、活き活きして幸せそうだった。



 リビングのサッシを開ければ、澄んだ心地の良い風が家中に吹き込んでくる。雲一つない晴天と温かい日差しが差し込むと、私はそれを両手を広げて全身で受け止めた。大きく深呼吸すると、全身を駆け巡る血液が活性化する。



「さぁ、今日もやりますか」



 私の望んだ日常が、今日も始まった。



《了》


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