京タロ活動記録。
最近は、ひょんな方々からの鑑定依頼が多い。
傾向的に、リアリストな方のご依頼が多いのもわたしの特徴かもしれない。
普段は、占い系は一切興味ないんだけど…みたいな方。
奈みこさんは、良いことだけじゃなく、悪いこともちゃんと言ってくれそうだから、なんてことも言われる笑。
ま、京都タロットは「悪いこと」という現れは無く…悪いの定義にもよるが、「悪い」で終わることはない、と言えばいいだろうか。
すべては二元であり、善悪、陰陽、男女…それらは表裏一体、どちらだけで終わるものではないので、一見「悪い」と見える、感じるものこそに潜む悦びや祝福を掘り起こす。
無理なこじつけではなく。
そもそも、生業が美容師なので、わたしがタロットをやっていることすら知らない方も多いし、逆に京都タロットの人としか見てない方もいらっしゃるし、着付が出来る着物が好きな人という見られ方もあるし、タロットに関しては、なんや妙なこともやってるんやな〜くらいに流し見してる方々とか…多分w
美容師というのも、正確には夫の「敏腕(自称)マネージャー」と言うのが一番的確であって、わたし自身、今日明日美容師を辞めても未練はないという状態で20年近くマネジメント美容師(わたしが人さまのカットをすることはないので)をやってるんだが、そういうこともあって、何をしてる人かよくわからないということも言われる笑。
それでいいのである。
昔は肩書きに憧れて、なにかのスペシャリストにならなければ!と力んでいたこともあった。
代名詞に価値を感じていたのかもしれない。
今はさらさら肩書きなどどうでもよく、楽しいことしかないくらいのスタンスで生きている。
「美容師さん」でも「着付師」でも「タロティスト」でも「よくわからない女」、なんでもいい。
言い換えれば、そこそこ色んなことが出来るということでもあるので、要領の良さを武器にすることにしている。
それもこれも、夫が美容師としてスペシャリストであるおかげのモト、「好き勝手な奈みこさん」が成立するわけである。
だからこそ、クセの塊である夫のマネジメントの割合に多少多めに重きを置いているのである笑。
マイペースに自己中心的にコツコツと京都タロットの探究を続けてきたせいか、最近は有料鑑定のご依頼も増えてきた。
問合せがあったら、まず3枚引きをすることが多い。
3枚は遊びの範疇で無料ですねん、ということで体験してもらいたいというのもあるし、なにより京都タロットがなんたるかさっぱりわからない人に、どんな体感が出来るか感じてもらうほうが重要だと思っているからである。
3枚引きは主にDMでやりとりをする。
なんたるかさっぱりわからない、のに、よくぞ問合せしてくださったなぁとも思うので笑。
体験をすっとばして、有料鑑定を依頼してくださる方もおられるし、3枚体験で終わる方もおられる。
<有料鑑定へ誘導するため、漕ぎ着けさせるための3枚引き>では毛頭ないので、3枚で満足してもらえたらそれはそれでいいのである。
わたしは、直感はすこぶる働くが、目に見えたり聞こえたり、匂いだりするような現象は起きないので(予知夢、夢での神託はある)、言葉で説明できるものではないが、ご先祖さまか守護霊か、どなたかわからないが依頼主を守護している何者かに誘導されることはしばしばある。
早く伝えてやってくれ、という「圧」である笑。
その圧があると、情報量も多く、一瞬でリーディングをダウンロードする感覚がある。
ダウンロードが一瞬のため、追いかけて言語化するという感じ…そうして、それを伝え切るまではリーディングハイ状態であるが、全て伝え切るとさーっと熱量は冷め、さっきまで熱中していたのに、あっさり過去となる笑
操られた感満載だが、心地の良いスッキリ感を伴う軽めのエクスタシーのような…✨
それが3枚だろうと10枚だろう同じで、あゝ今日もどなたかに言わされたなぁ…と呟くのである。
スタエフのレター鑑定にしろ、日頃の鑑定にしろ、「こんなに丁寧にみてくださって…」ということを必ずと言っていいほど言われるが、当の本人は、丁寧にみているとはあまり思っておらず笑、簡略化出来ないので必要なことを全て伝えているだけ…。
3枚は特に、「無料なのに」ということから感激して下さるのだと思われる。
それはありがたいことだが、わたしにとっては、実験的要素も含まれていて、まだまだ京都タロットの探究データが尽きないので、実務研修のような半分お勉強みたいな感覚。
これはこんな読み方ができるのかーとか、これとこれはこんなシンクロが隠されていたのかーとか。みてあげてる、ということではなく、むしろ引出しを増やしてもらっているという方が正しい。
京都タロットは、占いでは無く自己発見ツールであるので、当てものではない。
その人のことがただ現れるので、当たっていて当然なのだが、「すごい!話してないのに当たってる!」とか、「ズバズバ言い当てられる」みたいに言われることもあって、伝えながら(違ったらどうしようw)とも実は内心思うこともあるので、そういうリアクションは素直に嬉しかったりする。
しかし、当たっていて当然なのだ…という冷静な自分も同時に居る。
だからこそ京都タロットなのである、自己について自覚のないところまで露わになるのが京都タロット。
その確認をいちいちいちいち改めて確認しているので、半分実験的。
今は京タロ関連本の出版に向けて、神話解説なんかを執筆中なのだが、ちょうど「イナリ」について書き上げた直後に、3枚鑑定でイナリが出たり。
あれ?わたしイナリのこと、どんなこと書いたっけ?(すぐ忘れるw)などと思いながら、シンクロを楽しむ。
冒頭の、占いに興味がないリアリストからの依頼という話、京都タロットは、むしろそういう方向きであるとわたしは思う。
占い好きの方ももちろん歓迎だが、影響を受けすぎて依存傾向になりがちなパターンもあるので、「占い」を求められると、京都タロットはそれとは違うものなので、意向にそぐわないと申し訳ないので…
わたしの場合は、最初に、「それ、依存ですよ」てはっきり言っちゃう笑。
そういうところがあかんのやろなぁww
厳しいこともちゃんと言ってくれそう、ペテン師とは思えない、時が時なら魔女狩ってそう(←狩るほう⁈w)とか色々言われるのもそのへんのハードボイルドさから来るものなのか笑。
漠然と、スピ好きの人のほうが興味持たれるかな?というのはあったので(もちろんそういう方も依頼される)、そんなつもりでいたら、まさかの意外な人から問合せがある度に、面白いなぁとつくづく…
自分で枠を決めてしまう愚かさを痛感する日々である。
もしかすると、リアリストとスピリチュアリストは紙一重、とも言えるのかもしれぬ…というか、繋がってる次元はもはや一緒か…。