「ただの仲良しな先輩後輩」【彼は彼であって彼じゃない③】
「転勤するって聞いたけど本当?」
彼が私の転勤をどこかで知ったようだ。
後から聞いた話だと、私と仲が良い「彼」が転勤を知らないはずがないと思って、チームリーダーが話題に挙げてしまったらしい。
一瞬動揺したが、いつか知るかもしれないと予想していたので、出来るだけ「軽く」返事をした。
『バレましたか!』
返信するとすぐに電話がかかってきた。
ひと呼吸おいて通話ボタンを押し、出来るだけ「軽く」挨拶すると、彼が一気に話し出した。
動揺と混乱と疑問がごちゃ混ぜになった彼は
なんで、どうして、いつ、どこに、と、私が答えきらない間にどんどん喋るので
私は面白くなって笑っていた。
ひとしきり喋ると彼は「うん…」と深く一拍おいて
初めて聞くような声色でこう言った。
「さみしいよ…」
その一言でさっきまで笑っていた私の目から大粒の涙がボロボロ落ちてきた。
ボロボロなんてロマンチックな表現じゃないけど
実際、ボロボロ落ちたのだ。
さみしさもあったのかもしれない。
けど、この時の涙は、彼を傷つけてしまったことに対する涙だったような気がする。
初めて聞く悲しそうな声と
初めて聞く弱々しいセリフ
顔が見えなくても彼が深く傷ついていることはよくわかった。
2年半大切に守ってきた彼の笑顔を、私が崩してしまったのだ。
こんな辛いことはなかった。
泣いていることをなんとか悟られないように
できるだけ短い言葉で「…うん」と返した。
この後も短い会話をいくつか交わし、最後に彼がこう言った。
「会って話そうよ」
こうして、誰がどう見ても仲良しな先輩後輩は、初めて2人きりで会うことになったのです。
この時の私は、この時ですら、
何も始まらせない何も終わらせない
と思っていました。
2人で会って、転勤の話は軽くして、あとはいつも通り趣味の話したりして、爽やかに解散しよう。
そんな愚案を考えていたのです。
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