忘れてあげない
突然告げられた別れは私の脳みそを貫いた。
あまりに驚きすぎて心はなんともなかった。ただ、頭を強く打たれたような衝撃が走った。
それが別れを告げられた瞬間の感覚だった。
30秒経って、彼がなんと言ったのか理解した。
1分経って、ようやく呼吸ができたような気がした。
5分経っても彼の顔を見ることはできなかった。
20分経った頃、彼が荷物を持って家を出て行った。
20分と3秒経って、いまさら涙があふれてきた。
30分経っても、それからさらに1時間経っても涙はポロポロと止まらなかった。
それから三日三晩、思い出しては涙が出て、疲れて寝て、ろくに食事も取らなかったせいか顔がこけてしまった。
そろそろこのままではいけないと思い始めた。
どんなに泣いても彼は戻ってこないし、体もボロボロになっていくと思った。
とは言っても、私は立ち直り方を知らなかった。
彼に全力で尽くしてきた私は、自分への尽くし方がわからなかった。新しい恋とかもってのほかだ。
だから私は、彼が嫌がることをすると決めた。
彼のお願いはすべて叶えてきた私だけど、彼の最後のお願いだけはきいてやらないことにした。
それくらい許して欲しかった。
それが彼を傷つけることだとしても、彼が私とのこれまでを否定するのなら、私も今までの自分の行動と逆のことをせねばと思ったのだ。
あぁ、今でも思い出す。
彼と初めて会った日と、それから私たちが恋人になった瞬間を。
それから週末にはドライブをして、夏は釣りを教えてくれたり、秋は紅葉を見に行った。冬は肉まんとあんまんを半分こしたり、こたつで映画を見ながらよく寝落ちしてた。春がくるとお弁当を持って桜の木の下でお花見をした。
すべて昨日のことのように鮮明に覚えているのに、なぜが何年も前のことのような懐かしさがあった。
私たちはずっとこのまま一緒だと思っていた。
いつまでたっても喧嘩なんかする気配はなかったし、いくつになっても仲良しでいられると思った。
こんな時間がいつまでも続くと思っていたんだ。私は。
だけど彼は違った。
私が「いつまでも」と思っていた時間に終わりを告げたのだ。
そして彼は最後に私にこう言ったのだった。
「ぼくのことは忘れてほしい」と。
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