何も始まらなければ何も終わらない【彼は彼であって彼じゃない②】

令和3年も残り1ヶ月に迫った頃

以前から希望していた異動願いが通った。

仕事上の直接的な関係がない人たちには通知義務がなかったので、私が来月から異動することを知っていた人は限られていた。

「彼」とはチームが一緒でも同じ仕事をしていなかったので、私が伝えなければ彼が知ることはなかった。

とても迷った。

この頃は、世界的に感染症が大流行していたので飲み会もほとんどなく、
彼に伝える機会がなかなか無かった。

それ以上に、

伝える時に「仲良しな後輩」を自分が保てるのだろうか

最後に欲が生まれて彼を困らせてしまうのではないだろうか

という心配もあった。

歓迎会以来、彼を特別に想う気持ちは日に日に大きくなっていて、
「ただの仲良しな後輩」以上を求めてしまう自分にも気づいていた。

おそらく、転勤することを伝えたら
この2年半、引き続けてきた私たちの間の「線」を
彼は簡単に飛び越えてくるだろう
そんな確信もあった。

それはある種嬉しいことだが、
何かが始まることは何かの終わりを意味するのだと知っていた私は

何も始まらない何も終わらせないことを選んだ。

このまま伝えずに離れて、私たちの関係性を「仲良しな先輩後輩」で永久保存することにしたのだ。

綺麗な言い方をしてしまったが、本音を言えば
ただビビっていたのだと思う。

彼を傷つけてしまうこと
彼の悲しい顔を見ること
彼に忘れられてしまうこと

そのどれもが怖くて、楽しかった日々の記憶だけを思い出に生きていきたかったのだ。

2年半、彼と過ごす毎日が楽しすぎて、とても臆病になってしまっていた。

転勤までの残り期間、彼が私に笑いかけてくれるたびに胸が痛くなったが
それでも決心は揺らがなかった。

転勤まで残り3週間に迫ったある日、彼から連絡が来た。

「転勤するって聞いたけど本当?」


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