ハッピーエンドよりも【3/3】
むかし誰かが言っていた。
“恋愛映画を観て頭に思い浮かんだ人物が
あなたが恋をしている相手だ”と。
普段はアクションやサブカルもの、ほのぼの系を好んで観る私だが、個人的にハズレがないと思っている監督の新作が気になり、あの日は珍しく恋愛映画を目当てに映画館に足を運んだ。
主人公は独自の”好み”をもつ男女2人。
趣味が合う彼と彼女はあっという間に意気投合して仲良くなり、会うたびに距離が縮まっていく。
2人が恋人になるのに時間はかからず、誰の目から見てもお似合いで、付き合うのは”当然”とすら思えた。
だけど幸せな時間はあっという間に過ぎていく。
どちらかが2人の関係を保とうと、もがくほどほつれ、頑張るほど崩れていった。
最終的に2人はそれぞれの道を歩むことになるのだが、楽しかった記憶はそれぞれの糧となり残るので、この物語はハッピーエンドで幕を閉じる。
映画は予想通り”当たり”だった。
素晴らしい作品というのは、受け取る側に大きな影響を与える。
私はこの映画を観て、「彼」との距離を縮めない決心をした。
映画の主人公2人は、まるで彼と私だった。
大勢には理解されない趣味を持つ私たちは、お互いの考えや価値観を共有して、何にも変えられないかけがえのない時間をすごしてきた。
どちらかが踏み込めば主人公たちのような関係にもなれただろう。
だけど、いや、だからこそ
私は彼と”ただの仲が良い先輩後輩”のままでいたかった。
ハッピーエンドじゃなくていい
糧になんてならなくていい
これ以上の幸せは願わないから
「彼」のそばにい続けたい。
そう思ったのだ。
そんな経緯があって、自分の気持ちを伝えるのに2年半もかかってしまった。
あれから半年、
「彼」と出会って3年が過ぎた。
目を開けると先ほどまで観ていたはずのアニメが急展開を迎えていた。
「あれ?あ…わたし」
天井に向かって体勢を変えると、彼の顔が見えた。
「20分くらい寝てたよ」
彼が穏やかな表情で私を見下ろす。
記憶の限り、誰かの膝の上で眠ってしまうのは初めてのことだった。
テレビから聞こえるアニメのセリフがまだ遠くに感じる。
頭がふわふわして心地よかった。
左手には痺れを感じた。
見ると彼が、手を握ってくれていた。
きっと私が寝ている間、離さないでいてくれたのだろう。
私は自分が思っている以上に、彼を信頼しているのかもしれないと思った。
肩に頭を預ければ、頬擦りしてくる彼
辛いことがあったと話せば両手を広げて受け止めてくれる彼
少し近寄れば、もっと寄れと言わんばかりに抱き寄せてくれる彼
「これ以上」を望まない私に、彼はいつもそれ以上を与えてくれる。
だから私は安心して、彼に気持ちを預けることができるのかもしれない。
時計を見ると夜中の2時を過ぎていた。
今日は一日中彼の家でアニメ三昧だ。
1人でもできることを、わざわざ2人でする。
そんなことに何の意味もないが、
生産性のない時間を共に過ごすことを許されたこの関係が、私にはとてつもなく嬉しい。
今週は三連休だ。
きっと明日も明後日も、硬めのソファに2人で寝転がってアニメを観るのだろう。
3年の月日を経て、私たちは日常の共有者になったのだ。
この3年間で私たちを取り巻く環境は随分変わった。
彼は顔に合った大きさの眼鏡に変えた。
私は少しだけ背が伸びて、髪はだいぶ伸びた。
彼は役職が一つ上がって、
私は転職をした。
彼は私を下の名前で呼ぶようになった。
私は彼に(時々)タメ口を使うようになった。
2人で温泉旅行にいって、
美味しいご飯を食べて、
熱すぎる温泉で我慢くらべして、
ふかふかのベッドでどちらかが眠るまで喋り続けた。
寂しいときは電話をして、
彼の声を聞いて元気になって、
夜通し笑い続けて声が枯れたこともあった。
相変わらず未来の保証はないけれど、
私たちはそのときどきの「今」を大切にした。
未来なんか無くても、今を紡いでいけば、2人の関係が過去になることはないと、私たちは知っている。
私たちの関係にはまだ名前が無い。
だけどはっきりしていることが2つある。
ひとつは、
彼は彼であって彼じゃない。
そしてもうひとつは、
彼は私にとって特別で大切な人。
いつか未来のある関係性になる日が来るかもしれない。
いつかお互いの存在が過去のものになるかもしれない。
だけどその日が来るまで、私たちにできることはただひとつ、「今」を共有していくことだけなのだ。
———あとがき———
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
「彼」と過ごしたかけがえのない日々の記録として始めたnote投稿。読んでくれたみなさんのおかげで、無事に完走しました。
Twitterの方でコメントもたくさんいただいて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。「彼」に対するお言葉、共感の声も多く、私の宝物をみんなにも褒めてもらえたような嬉しさがありました。
最後の投稿タイトルを何にしようか考えた時、この物語を読み返した自分に伝えたいことをタイトルにしようと思いました。
それで付けたのが「ハッピーエンドよりも」。
桃太郎もシンデレラもあの映画の主人公たちも、ハッピーエンドを目指して戦ったり誰かを愛したりしていたわけではありません。彼らはそのときどき、大切なものを大切にしていただけなのです。
ハッピーエンドを目指して、幸せになることばかり気にしていては大事なものを見失ってしまいます。幸せになりたいという感情は誰もが持ち合わせているものですが、「幸せ」とは結果論でしかないと私は思っています。
いつか将来、幸せになることを焦った自分に、ハッピーエンドよりも大切なものがあると、この物語が伝えてくれると信じています。
最後に、
「彼は彼であって彼じゃない」
この物語は一旦完結としますが、どんなお話にも”その後”があるように、彼と私の物語も現在進行形で続いていることを読者の皆さまにお伝えして締めさせていただきます。
この物語に触れてくれた全ての皆さまへ、
ありがとうございました。
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From:□□(私の名前)
To:○○(「彼」の名前)
件名:退職のご挨拶
○○さん
2年半お世話になりました。
私の好きな「違国日記」という漫画のセリフに
○○さんへの感謝を表すのにぴったりなものがあるので、それを送ります。
二年半
きみがいなかったら
私は息ができなかった
前にも言ったかもしれませんが、
○○さんがいたから今日までやってこれました。
○○さんがいたから毎日楽しかったし、○○さんがいたから頑張れました。
一緒に残業した日に窓から花火が見えたこと
私が辛い時に声をかけてくれたこと
飲み会でいつも笑わせてくれたこと
○○さんと過ごした思い出があれば、これから先、辛いことがあっても頑張ることができます。
恩返しするには随分と長い時間が必要になりそうですが、何十年かかっても、ゆっくりでも返していきますね。
生意気な後輩だったこと、すみませんでした。
それでも面倒見てくれて、ありがとうございました。
最後に、○○さんの健康とますますのご活躍を
心より祈っております。
本当にありがとうございました。
-□□-
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From:○○(「彼」の名前)
To:□□(私の名前)
件名:Re:退職のご挨拶
□□さん
2年半、お疲れ様でした。
メール、とても心に響きました。
□□さんが異動すると聞いた時、心臓が止まるかと思いました。
今もまだ、呼吸が苦しくて、こんなのは初めてのことで、とてもつらいです。
白状すると、俺は周りが思うほど出来た人間ではありません。
□□さんによく声をかけていたのも、□□さんのことが気になっていたからで、案外俗っぽい奴なんです。
□□さんが元気がなさそうだと心配になったし、笑顔を見せてくれると安心しました。こんなに心動かされる人は、二度と現れないと思っています。
最後くらい、先輩らしくアドバイスを一つ。
自分の好きなものと嫌いなもの、苦手なことと得意なこと。これらをよく理解しておくこと。
□□さんを見ていると、苦手意識を持った人に対して心のシャッターを下ろすのがすごく早い印象を受けました。
苦手なことは苦手でいいし、嫌いなことも嫌いでいい。
だからもう少しだけ、肩の力を抜くと、□□さんの世界はもっと生きやすくなると思います。
結局、自分のことを理解してくれる人なんて、自分以外にいないのだから。俺もそう思うようにしてます。(でもたまに、□□さんのように価値観を理解し合える相手に出会えます。)
その他は能力も高いし、万能なので、どこでも上手くやっていけると思います。
道に迷ったら、変に気を使わず相談してきてください。
価値観が近い分、生産的なアドバイスができるかもしれません。
これからも活躍を期待しています。
//○○
P.S. 必ず会いに行きます
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