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チャリ

作家たるもの、筆より重き物を持つべからず。

朝に原稿の締め切りを終えたり。寝不足にて、また寝ることにしたり。起きてみれば、体中が痛かりき。

ああ、原稿を頑張りし故にや。

原稿を完成せし頃には利き手疲れ果てたり。腕には湿布を貼り、手にはテーピングを施し、腱鞘炎のサポーターを着けたり。作業終了せば、気緩みてとたんに筋肉痛となりぬ。

されど今日は常と異なり。 身体全体が痛し。気づかずに変なる姿勢にて描きたりか。よくよく考ふれば「原稿を頑張りたる」といふも、さほどのことならず。特別に通常の何倍も描き込むやうな作業はなく、ほぼいつも通りなりき。

昨日のことを思ひ出だしみれば、朝二時半に起きて、原稿を描き、十一時すぎにサイン本を作りに出版社へ行きぬ。 原稿の締め切りが目前なり。

一分も無駄にできぬ危急の状況に、さらにサインを書きにいくとは厳しきことなり。編集氏もさすがに気を遣ひたりけるか、昼御飯としてコッペパンを賜りたり。それを食して十三時頃戻りぬ。

マンションの入口に張り紙せられたり。

「住民の皆様へ:使ひてゐぬ自転車は、マンション横の駐輪場から建物裏手の駐輪場へ移動せよ」

マンション横の駐輪場、つねに満車なれば、来客などあらば自転車溢れ出でぬるなるべし。

住民の皆様とあれど、もろに我が事なり。 我、八年間、使はざる自転車を駐輪場に置きっぱなしにしてゐたり。

電動アシスト自転車を使はざるを得ざる状況となり、慌てて買ひたりものの、すぐに状況変はりぬ。結局一度も使はぬこととなりぬ。

しかも説明書をいつもの癖にてすぐに捨ててしまひたりから、如何に動かすべきか分からず、八年放置してゐぬ。ほかの住民の邪魔にならぬやうに一番奥に置き、年ごとにカバーも掛け替へ、見た目には気を遣ひたり。

つひにこの日来たり。

先の張り紙は手書きにてありたり。テキスト打ちもプリントアウトも飛ばしたる緊急のお触れなり。早くせよ、といふ無言の圧感じぬ。

「ウワアアアアアアア」

思わず声出だす。何ゆゑこのときに。締め切り云々ならず。

慌てて駐輪場へ行き、自転車を移動せんと試みる。動かざり。もともと、如何に動かすべきかわからぬゆゑ放置せし故、当然なり。

とりあえず後輪のスタンドを上ぐ。これは電動ならざる自転車と同じゆゑ分かりぬ。後輪のみ動くやうになりぬ。八年放ちたれば、タイヤの空気抜けぬ。車輪回らず。

仕方なく、持ち上げて移動せんとす。

重し。

買ふ前に見しスペックは十四キログラムくらゐなりたる記憶あり。猫数匹くらゐの重さならば引きずりて行くこと可能と考へたり。しかし今調べてみれば、実際の重さ二十七、八キログラムありぬるらし。とんだ記憶違ひなり。相手は大型犬サイズなりき。

そんなこと知らず、猫を抱く感覚にて持ち上げたりが、予想以上に重し。疲れゐたれば重く感じるなり。さっさと運びて、原稿終はらせて、寝ん。

数メートルごとに休憩入れつつ、引きずりて行く。十メートルもなき距離なれど、永遠のごとく感じぬ。通行人に怪しまれぬやうに、と思ひたれど、ボロボロのタイヤの自転車を引きずりてゐるは如何にも怪しきならん。なんとか新しき駐輪場へ格納す。

さうしてすぐに原稿に戻りぬ。 自転車のことすっかり忘れたり。

原稿は予想外に早く終はりぬ。五時間くらゐ空き時間できたり。ちょっと嬉し。美術展に行くか、髪を切りに行くかしたきなと思ひたり。 寝て起きれば体中痛みて、それどころにあらず。動けず。

結局、貴重なるフリータイムをYouTubeや映画見たりして消費せし。
昨日の自転車の故なり。

愚か者は、ペンより重き物を持つべからず。


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