キナコ
きなこ棒を作り損ねたり。
正月の餅のために買ひ置きたるきなこ、余りしが賞味期限迫りぬ。もったいなく思ひ、水にて溶かし、温めし蜂蜜をもて固めんと試みる。
「きなこ棒」を作らむと心に決めたれど、棒状にならずして、ボロボロと崩れぬ。仕方なくラップの上にて厚み一センチあまりの板に整へたり。
冷蔵庫に入れ、少しずつ割りて食すことにしけれど、味は良きに、見栄え悪し。
思ふに、我が作るおやつは常に見栄え悪し。
以前、「地味なおやつ」といふ取材を受けしことあり。地味なれど丁寧なる暮らしを目指す記事と思はれぬ。われが提供せしは、オートミールにて作りしクッキーなり。
Amazonにて朝食用のオートミールを買ひすぎ、余りしが賞味期限迫りければ、粉砕しクッキーにせしなり。ジップロックのタッパーに入れたるクッキーを見せしとき、あまりの地味さに相手は絶句せり。
取り出してティッシュの上に乗せてみせしも、相手はもはや無言なり。
地味といふより映えなさすぎなり。
「おいしきものなり」と話せど、Zoomの取材ゆえ、伝はらず。謎の小石のごとき食べ物について語る、奇妙なるインタビューなりき。
見るからに美味しきものを伝ふるは易し、されど地味なる食べ物の美味しさを言葉にて伝ふるは難しきことと悟りぬ。
さて、冒頭のきなこ棒の味を思ひ出し、急に食べたくなりぬ。製菓店へ行き、きなこを買ひ求む。甘き物をできるだけ避けんとする生活送りしゆえ、甘味を何にせむかが問題なり。蜂蜜も砂糖も避けたし。
ラカントといふカロリーゼロを謳ふ甘味料に置き換ふることにす。 大量のきなこを手にしおりし時、声をかけられぬ。
「わらび餅の試食を致しませぬか?」
試食販売といふもの、久しぶりにして珍しく思ひ、試食せり。されど、普通のわらび餅なり。
特筆すべきコメント浮かばず困惑せり。
販売員、言ふに、
「多くのきなこをお持ちになる故に、わらび餅を作られんかと思ひ候へり」
わらび餅を推す者には、何事もわらび餅に関連せるやうに思はるるなり。確証バイアス、選択的知覚、選択的注意といふものかもしれず。
されど、残念ながらわれはいま、きなこ棒を作らむとす。
ますます意思を固め、きなこを持ち帰りぬ。さっそくきなこ棒を作る。調理といふほどのものでもなし。きなこ、水分、甘味を混ぜるのみなり。
そしてまたもやきなこは棒にならず。板状にしてラップに包み、冷蔵庫に入れぬ。見た目は黄土色の外壁タイルのごとし。食べ物といふよりは建築資材のごとき見た目なり。
味見せしところ、甘すぎず、美味し。
試食のわらび餅は甘すぎたり。ちょっと甘すぎますね、と言ふべかりし。
されど、見た目は良く、確かにわらび餅なりき。
冷蔵庫に積まれし黄土色のタイル。
これをわれは「きなこ板」と呼ぶことにす。
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