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タワマン

武蔵小杉へと赴きしは、あるクリニックに診せむためなり。われが住む町には良き外来なく、電車に乗り行きけり。クリニックはタワーマンションの一階にありぬ。武蔵小杉の駅周辺にはタワーマンション多く立ち並びぬ。

常の日のかかりつけクリニックは古きビルの中にあり。されど、ここは天井高く、真新しきこと限りなし。かかりつけのクリニックにはスタッフ少なく、なんとなく活気なき様子なり。時折、受付の中にてもめ事起こりぬ。これに対して、こちらのクリニックは明らかに三倍のスタッフおり、対応も明るく爽やかなり。

患者たちも、心なしか身ぎれいに見えぬ。初夏ゆえか、きちんと夏用の靴やサンダル履きたる人多し。変てこなりしファッションの人もなく、極端に太りし人もなし。皆すらりと健康的なり。見渡せば、今期のユニクロのマネキンたちに囲まれたるごとき気分なり。

これらの人々の多くは、真新しきタワーマンションの住人ならむ。家に帰れば、広く美しき、最新型のライフスタイルありぬ。健康面においても、行きつけのクリニック清潔で明るく、感じよきなり。こんな世界ありや!と驚愕することかぎりなし。

以前、台風来たりしときに武蔵小杉のマンション被害受けしことありぬ。トイレ使えず、水止まりぬ、などの事態なり。これを面白おかしく嘲笑する風潮ありき。われ、さすがに気の毒と思いたれど、タワマンのこの素晴らしき暮らしを目にしてしまひし今、その気持ちもわからぬことなし。なんといふか、天上の暮らしを見たる思ひなり。そして、決してその生活はわれがものにはならじといふ諦めもあり。されど、住人たちは当然のこととして享受してをるなり。

ただ、すごきものを見てしまひしといふ思ひなり。限りなく清潔で美しき世界の中に生きる。その中にバグ許されざるなり。

クリニックよりの帰り道は、子どもたち塾へ行く時間なり。タワマンより多くの小学生出で来たり、塾の鞄背負ひて駅前に向かひ行きぬ。中学受験もタワマン羨望こじらせたる人々にとりては揶揄の対象なり。腐りたる大人に負けぬで、子どもたちまっすぐに頑張りてほしきと思ふ。

われが町に帰り来ぬ。古く低き建物ばかりなり。昭和の言ひ伝へに「消防車のはしご届かぬ高さには住まざる」といふ言葉ありて、われ今も守りぬ。眺望の良さも、子どものころ山の上に住みたれば、家より見下ろせば隣県まで見渡せたるゆえ、特に何とも思はず。すぐに外に出らるる、地面に近き暮らしをわれ好みぬ。

野良猫にも会ひぬれば。

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