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マッサージチェア
ブラッシングを嫌ふ猫こそありけり。此の猫は、誰よりも毛長きに、生まれいでし時より、つひにブラッシングをも拒み給ふ。朝な夕な身を舐めつくし、他人の手を借るまじとの心意気なり。あらゆるブラシを試みたれど、三度撫でれば、たちまち身を翻し、どこへともなく行きぬ。
また、別の一匹は、ブラッシングを好み給ふ猫なり。毛の無くなるほど求め続け、わが腱鞘炎をも招きしことあり。程々にせしむべきや、と思ひつつも、なかなか叶はぬ。
代々飼ひし猫どもを思ひ返せば、猫は年を経るごとにブラッシングを好むるやうに見えたり。自ら手入れすること億劫に成るをや、あるひは、ブラッシングにより血行を良くするを知り給ふか。さながら人間にとりてのマッサージの如きものなるべし。
わが身は月に一度、整体に参る。座り仕事にてガチガチになりし身体を、四十分にて整へらるるなり。整体ゆえに、ほぼひたすら痛みを感じるのみ。かつては節約のため月一の整体を止めたれど、数ヶ月に一度ぎっくり腰になり、腕の動かぬほどになりぬ。それより後、再び通ひ始む。
マッサージ店も利用せしことありき。さる時、癖となり、よくなかりき。終へれば確かに疲労しきりし身体は軽くなる。其れが快感にて、週に幾度も駆け込みぬ。いっそ、マッサージチェアを買ふべしと思ふほど散財しぬ。
ある日、編集者と待ち合はせし時、彼女はマッサージ屋より出で来たり。三十分ほど早く着きたれば、マッサージを受けたる由。
数ヶ月後の打ち合はせに、彼女曰く、
「此の会社を辞めます。一番高きマッサージチェアを買ひて、我が部屋に置きし時、何のために仕事をするのかと思ひぬ。」
かくて、担当は変はりぬ。彼女はしばらく新しき仕事に奔走し、今は誰もが認むる成功者となりぬ。
マッサージチェアを買ふ前に思ひ返しし我が身は、まあ、程々に生きぬるなり。
ブラッシングを嫌ふ猫が腋にこしらへたる毛玉を手にてほぐしつつ。
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