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ブルーピリオド

「ブルーピリオド」といふ名高き作品あり。藝大、すなはち東京藝術大学に通ひしこともありて、受験生時代を含め、往時を思ひ出づる機会となれり。されども、いと昔のことなれば、記憶もおぼろげなり。わがためには、幾人かの良き友に巡り会ひしことこそ、一番の成果なりき。

藝大に入ること、容易なり。傾向と対策のみぞ知れれば、合格は大きなる丸を得るなり。さること知りて、自らすごしとの思ひを抱かん。実際に、合格せしときにもらふ書類の入れたる紙袋に、「君は天才!」と大きく筆にて書かれたるなり。このメッセージ、手書きなれば「おめでたし」「最高」とか、個々に異なるなり。たまたま「天才」をもらひし話に過ぎず、人生にて天才と呼ばれしは、十八歳のそれが初めてにして最後なりき。

最初の大きなる丸は、二度と与へらるることなし。

藝大に入ること、さながら大きなる幻の中に入りしごとくなり。特別なる人間となりし錯覚を覚ゆべし。

「君たちは今日よりただの人となるなり」

教官が卒業式にて放ちし言の葉なり。今思ふに、いと驕りたる言葉なれども、とにかく、藝大生は学校を終へたれば「ただの人」となるなり。心地よき才能といふ幻より放り出されるなり。

在学中はもちろん、卒業後に生き延びることのいと大変なり。自らの作品を創り、それを否定され続けることに耐へることこそ、必要なりと思ふ。そこで折れてしまひし人たちを多く見たりし、どうしようもなき時期は、卒業生の誰しもが経験せるべし。必死に才能といふ幻を追ひかくる人もあれば、すっぱりと諦めて、一般企業に就職せし人もあり。

谷中を歩きければ、「ブルーピリオド」のマンホールありき。高層マンションがたくさん建ち、こぎれいなるカフェが増え、いと変はりたり。

ただの人となりしこと、よしと思ふ。幻より放り出されて、どこにでも居るやうなる人間に戻る。生活に追はるる。日常しか目に入らず。駆けゆく小学生や、花屋との雑談や、ドアノブの汚れなど、ちひさきことを見つむるなり。

世の大多数の人は、ただの人なり。

それがわがやり方と気づきぬ。負け惜しみでもなけれども。

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