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エンマ

上野の科学博物館にて催されし「大哺乳類展3」に赴きぬ。同行の女性、生物をこよなく愛する者なり。入るやいなや、見る速度の異なるを感じ、一緒に観ることを諦めたり。彼女はオーディオガイドを聞き、丁寧に解説パネルを読み、ひとつひとつの展示物を見比べ、納得してから進むなり。かくて、我は早々に見終え、先に館内のレストランにて待つこととしぬ。

ナポリタンを頼みぬ。窓からは博物館の展示が見え、大きなるクジラが浮かび、キリンの骨格もありて、子供たちが見上げている。わざとゆっくりと食すれど、それでも三十分にて食べ終えてしまひたり。彼女に連絡を取れば、まだ三分の一も進まずとのことなり。されば、デザートのケーキセットを頼むこととしぬ。普段、自ら甘き物を食さぬを常とせり、これは彼女のためなるを。ここで待たねばならぬゆえ、やむを得ずチョコレートケーキを食べぬ。甘し。小さくほぐしながらフォークにて取り、ちまちまとコーヒーと交互に口にする。普段の数倍の丁寧さをもて所作を行ひ、限りなく時間をかけるも、昼時のレストラン、店に入る人々で行列を成しぬ。こちらはほぼ食べ終えぬるを、さすがに店員よりプレッシャーを感じ、コーヒーを飲み終え、彼女に連絡すれば、まだ半分も残りぬといふ。

諦めて、外に出、適当に館内をぶらつくこととしぬ。

彼女が見終へたりと連絡してきたるは三時間半後なり。数十分して、食事を終へたといふので会ひに行く。すでに昼時ならずなりぬれば、レストランも空き席が目立ち始めぬ。腰掛け、一杯のコーヒーを頼みて飲む。彼女はこれよりさらに気象についての講演会を聞くといふ。付き合ふべきか迷ひ、我はここにて帰ることとしぬ。先程のケーキが強くて、なんだか休みたくなりぬればなり。

夜、夢の中にて目が痛くて苦しみぬ。猫に目をひっかかれる夢を見る。無理矢理に起きれば、目が腫れて閉じられなくなりたり。結膜浮腫なり。アレルギー反応にて、白目の部分が膨張し、ぶよぶよとなる。痒くて痛し、見た目もゾンビの如し。この季節によく起こる症状なり。引き金が何なるか分からず。花粉か、それとも普段食べ慣れぬチョコレートケーキのせいか。落ち着くまで起きていることとしぬ。

月に一冊は世界の名作を読むと決め、五月は「ボヴァリー夫人」を読む。目のせいで何もできぬゆえ、少しだけ残りしを読む。駆け足のラストにて、なんとも心が寒々しくなる。彼女、エンマは如何にしたら幸せなりしや。自己中心的かつ放蕩を尽くしいるに、奇妙に真面目さを感じるも不思議なり。自らの欲望について、生真面目なるかもしれぬ。 とはいへ、あまり自分との共通部分のない女性なり。ひとつだけ、同じところがある。パリに憧れる気持ちなり。

いま、我が最大の関心は如何にしてパリに行き、ルーブル美術館に一週間通ひ詰めて絵を描き、それを本にすることなり。この渡航費の工面や、何処で出版するか、誰と行くか、誰と作るか、なんやかんやと策を巡らせている。やはり、我はボヴァリー夫人なるエンマではない。多分、したたかな薬剤師のオメー氏や、逃げる算段を考えてばかりのロドルフ氏のほうの人間なのであらう。


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