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プレ皇室研究: 鳥居について調べてみましたー。注連柱(しめばしら)、冠木門

そういえば、神道のシンボルの鳥居って、いつからああいうデザインになったんだろうって気になったので、調べてみました。


「アカ族の村の門には鳥の木形が置かれるが、同様の鳥の木形は日本での稲作文化の始まりとされる弥生時代の遺蹟である池上・曽根遺跡や纒向遺跡でも見つかっており[12]、また他にも多くの遺蹟でも同様である[20]。

そのほか、更に遡った歴史観として「鳥居を赤く染めるのは古代ユダヤ教(ヘブライ聖書)の影響を受けている」や「秦氏はイスラエルの失われた10支族の一族である」という日ユ同祖論や、朝鮮半島の紅箭門にもとづく説も見られるが、疑似科学の域を脱するものではない[21]。」
→ いいかげん、インチキ説明はやめましょう(苦笑)。いや、まじに。すり寄りだから。気持ち悪いったら、ありゃあしない。

「鳥居を立てる風習は、神社の建物がつくられるようになる前から存在した[1]。古来日本では、屋根のない門という意味で「於上不葺御門(うえふかずのみかど)」ともいった。中国の「華表 [注釈 1]」の訳を鳥居とするので、過去には漢文で「華表」と記したこともあったという[2]。

鳥居は一般的には神社を象徴するものとして捉えられているが、仏教寺院にも見られることがある(→神仏習合)。一方で鳥居を持たず楼門(随神門)をもつ神社も存在する。戦後の区画整理により境内が縮小されたり移転したため、現在の神社境内とはかけはなれた場所に孤立している鳥居もしばしば見かけられる。御陵に建てられていることもある。

これはまあ、2千年以上歴史があると、変遷がありますので、しょうがないですなあ・・・。

まあ、門ですから、左右に柱を立てて、横に木をかけますね。
しかし、ちょっとどこの神社か忘れたのですが、柱があるのですが、横木がなくて、綱が横に張ってあるだけのがあるんです。
より原始的な気がします。

こういうのですが、冠木門というそうです。横になってるのは1本だけです。
なんとなく、構造上、弱いので倒れそうで怖いですね。


下記より引用しました。

ああ、これもそうです。横木がないんです。縄は横にはってあるんですけど。あ、これは横木がなんもないです。縄だけです。

縄がなくて、横が1本のが、またありました。こんなかんじ。

これも変わってますね。皇神社。


ああ、そういえば、デザインがちょっと違うんですな。
Wikiから引用します。


鳥居の種類
A「神明鳥居(Shinmei torii)」
B「鹿島鳥居(Kashima torii)」
C「明神鳥居(Myōjin torii)」
D「八幡鳥居(Hachiman torii)」
E「春日鳥居(Kasuga torii)」
F「中山鳥居(Nakayama torii)」
G「外宮鳥居(Gekū torii)」
H「三柱鳥居(Mihashira torii)」
I「三輪鳥居(Miwa torii)」
J「両部鳥居(Ryōbu torii)」


Cが一番多い気がするけど、なんかわりと古いところのはAがあるような気がするなあ。C、D、Eは、反ってるかどうかくらいじゃないかな? 差があまりないので、素人にはわかりにくい。

まあ、元がなにかわかりませんが、冠木門から、より堅牢にするために、横木2本になったんじゃないかなあ。

というわけで、鳥居のほうが後だってことがわかりましたし、一応、弥生時代からのようです。

これは、大阪の弥生時代中期らしいです。→紀元前1世紀。これは古い!

2世紀末から4世紀前半。いわずとしれた大規模遺跡。
大和王権の可能性が高いので、当然皇室=神道のものがあっても普通です。→これは、先住縄文人で複数エリア出身の人がいて、町を作りまして、その後、大和王権がこの近くに宮を構えたようです。おわびして訂正します。

ということは、一番古い鳥居の発生は、紀元前1世紀です。
大阪のは、ニギハヤヒのものかもしれないですね。いや、ナガスネヒコかもしれないので、縄文人文化&弥生文化のミックスかもです。
ナガスネヒコが、ニギハヤヒのために建てた可能性もあるかもですね。
→時代を確認したら、たぶん紀元前1世紀であっているので、ニギハヤヒの可能性、まじに大です。中国の知識があるから、竜のことは知っていたように思います。(※ ニギハヤヒは紀元1年前後に存命だったようです。)

まあ、これまで私がプレ皇室と呼んでいる、紀元前200年以降から、弥生時代の終わりくらいまでの、大和朝廷の最初の頃ですから、文化的におかしいことはないです。

ついでに竜です。日本の龍と中国の龍の違いがわかります。
神武天皇は、海の娘の系列の子供なので、竜とも関係あるようです。


追記です。
標柱とも言います。

「注連柱(しめばしら)とは、主に二本の石柱の間に注連縄を張ったものを言います。
儀式を行う聖域を囲うように、四本の石柱を注連縄で繋いだものもあります。
注連柱は鳥居の原型とも言われており、主に聖域を分け示す為のものです。
聖域を示す柱という事で標柱とも言われます。」


これ、私が探している紀元200年以前創建になってそうな、一番古い神社には(プレ皇室)あるように思うのです。
今度、リストにしてみたいと思います。

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