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プレ皇室研究: 九州王朝説って。

年取ってから、古代史にはまったので、九州王朝説ってなんも興味がなかったのであるが、これ、神武天皇が南九州にいたと信じ切っていて、何も疑いがないなら、北部九州の王様ぽいのは、なんなんって思いますよね。
他に、早良王国とか。早良平野にいた王様ぽいの、誰?って。


そらそうだわ。
私は、最初に変だなあって思ったのが、イザナギがなんで、宮崎にいるんだよ。伊邪那美は、どうみても山陰地方あたりで死んでるのに・・・。
どっかで穢れを落とす禊をするなら、別に山口県とかでいいじゃん。北九州とかでもいいじゃん。なんで宮崎県なん? と思った。
次に、コノハナサクヤヒメがなんで鹿児島やねんっておもいましたわ。父親、山の神じゃん? なんで、もっと山の中に住んでないの? 調べたら、父親の山の神の本拠地は愛媛県じゃん。なんで、娘だけ、2,3日かかるような遠いところに住まわせるの??? 通い婚だから??? でも、普通はちょうどいいお年頃になったら、連れ帰ってきて、いいお婿さんを探すのに・・・。

まあ、それでたまたま平原遺跡を見つけて、原田大六先生をみつけたのであるが・・・。→原田先生は、伊都国=糸島市が天孫降臨の場所だとあてがついていた。

それで、そのことを知っている学者と知らない学者がいるんだよなあ・・・。
原田大六先生は昭和時代の在野の学者なんだけど、本は5冊以上出しているから、どっかで1冊くらい読んでもいいはずなのに・・・。

九州北部 福岡県にいた王様たちは、そもそも、もう神武天皇とその先祖なんだから、皇室の先祖じゃん。
「九州王朝」とか、「早良王国」とかいうけど、それ、プレ大和王権じゃん。
そのへんで出てくる遺跡、だいたい皇室の先祖じゃん。

で、気づかない人はずーっと南九州が大和王権の先祖だと思い込みすぎて、何も疑問を気づかないんじゃないかなあ。

というわけで、ずーっと南九州=日向と思い込んでいるのは、いいかげん、目を開けってことでした。

ついでにやっかいなのが、欠史八代のちょっと後の、景行天皇、仲哀天皇、神功皇后とかが、九州の縄文人、熊襲とかの征伐に何年もいってるんだよなあ・・・。
それがまた、さらに誤解を呼びやすいようですなあ。
まるで、ずーっと天皇は九州にずーっといるみたいで、ごく一部の分家が、さも畿内にいって(神武天皇東征)、「地方政権」と思っているみたい。

視点を変えないとだめですなあって思いました。


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