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きれいだぜ。

くぐもった閉店アナウンスが、寂れたモールに響き始めると、ようやく風景も動き始める。
外はもう暗くなっているんだろうけど、そのくらいのことしか分からない、ここでは時間も景色も曖昧なんだ。

仕事の早い警備員は、無表情な動きでガラガラ指差し、シャッターを下ろして回る。
僕はイヤホンを耳に捻り込んで、ノイズと愛嬌が入り交じる女の声に耳を傾けながら、知らない顔を好き勝手に想像する。

外に出ると葉桜の並木道、とうに灯った街灯の下を歩きながら、ここでは誰も互いの顔も見やしない。
そりゃもう大人なんだから、割り切った方が良いいんだよ。

横断歩道の信号が赤になった。
どうせ車なんて来やしないんだし、いい大人として無視してやろう。
横に並んだ図体のでかい若者が、柄にも無くピタリと立ち止まる。
反射的に思わずそれを見習ったんだけど、あんまり不自然なもんだから、なんだか気まずくなるよな。

そんな訳だから事もなげな様子で、真っ直ぐに前だけを眺めるしかないんだ。
すると右手の先にある歯医者の前で、制服姿の若い女二人が、華奢な腕を空に向かって伸ばしている。
まるで海に迷った船乗りみたいに、北極星を探しているようだ。

僕は意味もなく羨ましさを感じた。
こんな時間に何をしているんだか、守人のない灯台のように、信号は点滅していた。
図体のでかい若者はフライング、とっとと渡り終えるくらいだ。
何だかしてやられたな、こうなったら生真面目に次の青を待とうか、何なら後二回りくらい待ってやろうか。

制服姿の二人は相変わらずだ。
おいおい、まだ見つけられないのか、華奢な腕がスラリと夜道に浮かんでいる。
ようし、僕が先に北極星を見つけてやろう。
そう考えて、サッと左手の空を見やる。

するとオレンジ色を帯びた光の玉が、まっすぐピョロロと、ゆらめく尾を引いていた。
みるみると上昇して、消えた束の間、空の途中で音もなくパチンと弾けた。
それは幾つかの色を産み落として、北極星の真下に大きな花を咲かせた。

なんだ、打ち上げ花火か、夏でもないのに。
そうかそうか、全くこんな所で北極星なんか探すわけないよな。
花火の音がしたから眺めていたんだよ。
専ら経験上の先入観しかない僕は、決まりきったようにボソリと呟いた。

イヤホンで耳を塞いでいたもんだから、花火の音なんて聞こえやしなかったんだよ。
だからと言って慌てるように、イヤホンを取ろうとも思わない。
いつもと変わらないように、立ち止まりもせず家路を辿る。

そしていつもよりは少し、急ぎ足で歩く。
だってさ、五月の花火も綺麗なもんだぜって、
君に早く伝えなきゃって、
それだけを考えていたからね。

やりたいことなんて何もなかった放課後 ぺっちゃんこにした鞄に詰め込んだ反逆 帰る所があるから座り込んだ深夜の路上 変えたい何者かを捕まえられなかった声 振り向くばかりの今から届けたいエール