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大いちょう その2

我が家は、曽祖父の代から瓦造りを生業としてきた家だが、庭に銀杏の大木があった。
柿や杏や楓に混じって、応接間の出窓の直ぐ前に、銀杏が、ズンと聳え立っていた。
銀杏は、冬が近づくと黄に染まり、日差しの中で
鮮やかに輝き、まもなく落葉した。その葉の量は桁外れで、庭一面を黄に染め、隣近所の庭にも、道路にも、裏に広がる畑にも、黄色い枯葉を散り敷いた。
銀杏の葉が、すべて散り尽くしたある晩、父は近所の家に招かれた。
近所付き合いなど億劫がる父が、出かけていくのを、意外の思いで見送ったが、その晩、父がいつ帰ったか、わからなかった。母も何も言わなかった。翌朝、父は、いつもと変わらず七時になると、仕事場へ出かけて行った。

招かれた晩、父は、銀杏の落ち葉のことで、遠回しながら執拗に苦情を言われ、暗に伐採するように促されていたことを私が知ったのは、銀杏の落ち葉が、何処へともなく消え去った春先で、母が、溜息まじりに話してくれた。

あれから十年余りで、父は亡くなったが、銀杏は、その後切り倒されることもなく、初冬になると、艶やかな黄に染まり、金色の落ち葉を散らした。

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