ぬゆりさんの音楽

『ロウワー』の奇跡

前回、有機酸さんが『ミライ』をもって復活し、それがプロジェクトセカイへの書き下ろしであることを取り上げた。そういえばバルーンさんもプロセカに書き下ろしを出されるそうだ。めでたい話である。

さて、プロセカは今までにそれはもう大量のヒット曲を出している。というよりかは、プロセカが恐ろしく流行っている、という方が正しいのかもしれない。昔に出た曲でもプロセカがきっかけで再流行した、みたいな例もごまんとあるのだ。有名な例では、『炉心融解』がプロセカ実装をきっかけにYouTubeへMVが公開されたりしている。

そんでもって、そのヒット曲のうちの一つが『ロウワー』である。ニコニコでもミリオン達成、そしてこれは2021年の「年内ミリオン曲」のうちの一つである。

昨年はヒット曲が量産された。ミリオン曲だけでも12曲、これはこれまでで最も多いという。参考:いも男爵(@vocal oimo)氏ツイート
うち5曲がプロセカオリジナル曲であり、その勢いがよくわかるだろう。

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このとき、最後に年内ミリオンに滑り込んだのが『ロウワー』だった。この曲が滑り込んだことは、ボカロ界で大きな意味を持つものであると、自分は考えた。

一つ目に、この滑り込みは「コア層の復権」を象徴づけている点である。実際そうであるかはちゃんと分析しなければならないが、少なくとも象徴となりうるものであることは間違いない。

それは、「ニコニコ動画で」ミリオンをとれたことであり、それが「Twitterの呼びかけ・ニコニコ動画のコメントにより」促進されたからである。前者は、YouTubeにボカロの主戦場が移行していく中で、従来の主戦場であったニコニコ動画の勢いが衰えていないということを暗示している。また後者は、「ネットの動きにより」ボカロの流行が作られている。ボカロは、ボカロP、絵師、歌い手、そしてリスナーなどによって「作られた」文化である。「みんなで作る」文化であると言ってもいいだろう。それを象徴するような事件が、『ロウワー』のミリオン入りであったのだ。

二つ目に、2021年が初音ミク「14周年」であるという点である。ボカロ文化は、初音ミクの周年に合わせて大きな動きがあることが多いが、15周年を目前にして、このような大きな動きが起こったことはまさに感嘆の一言である。奇しくも、2016年(初音ミク9周年)にも同じ動きが起こっており、これはボカロの更なる発展を暗示するものであると期待せずには得られない。

かくして、『ロウワー』は一つのドラマとなったのだ。

イントロダクション

前説が長くなったが、ここから「ぬゆりさん」の話を始めることとする。

ぬゆりさんは、『フィクサー』『ロウワー』などの楽曲で知られるボカロPさんである。

この方の曲を一言で表すと「ダークロック」になると思う。有機酸さんの静かな昏さ、寂しさとは対照的に、重厚な、それでいてシンプルな、「明るい暗さ」を持つのがぬゆりさんの曲調である。

活動は相当昔から行われていたが、『フィクサー』『フラジール』などから曲のアップのスパンが上がっていく。近年は「Lanndo」名義で生声活動も行われている。

使用ボカロは主にGUMIとflowerである。

音について

ぬゆりさんの音楽は、バンドサウンドを主体とし、そこに絶妙な電子音を混ぜ込んで作られている。例えば『ロウワー』は、ピアノとドラムという「生の音」に対し、ベースラインは電子音で展開している、といった具合である。特に「生の音」はアコギやピアノなど、アコースティックな音を導入していると考えられることも多い。

また、声や電子音などで、「連続的なグリッサンド」を用いることがある。声については、『フィクサー』のイントロが特に印象的であろう。『プロトディスコ』ではより直接的に、「人間の声によるコーラス」を導入している(そして何気にコーラスメンバーが豪華である)。この「人間の声」と「ボカロの声」の構造は先ほどの「生の楽器」と「電子音」の対比とあるいは同じなのではないかと考えさせられる。

もう一点着目したいのが、「サビのメロディアスさ」である。これは特に中期(『フォログラフ』『命ばっかり』『プロトディスコ』)によく見られる。またこのサビ、やけに存在感があるが、それはサビ前の「踏み込み」によるものだと感じさせられる。特に『ロウワー』はその傾向が顕著である(最近はこの傾向に沿わないこともままあるが)。

言葉について

サビのメロディアスさと同様に、詞もキャッチーである。『命ばっかり』の「思想犯はもうやめた」や、『ターミナル』の「きっと、殺してくれよ」などなど、思わず唸らせられるような言葉が、「ちょうどいい」ポイントに収まっている。まさにぬゆりマジックである。

これは歌詞だけにとどまらない。『フラジール』のイントロ、「自転車で天国に行こう。」のフレーズに度肝を抜かれた人は多いだろう。自分もその一人である。このフレーズを入れ込んだのが、ぬゆりさんなのか、イラストの廣田痛さんなのか、あるいはみず希さんなのかわからないが、これはまさにクリエイターの勝利であろう。

『ロウワー』に関しては、曲の完成度もさることながら、プロセカの登場人物に見事に即した詞、そしてさらにそれに合ったMVと、「総合芸術」とも言い得る素晴らしい構造を有していた。

曲紹介

命ばっかり

バンドサウンド、キャッチーな歌詞、MVの素晴らしさというぬゆりさんの素敵な要素がこれでもかと詰まった一曲。このバンドサウンドのおかげで、自分はボカロを聴くようになったといっても過言ではないだろう。

ターミナル

ぬゆりさんの曲では珍しく、静かな曲調の曲。「きっと、殺してくれよ」という歌詞は自分にとって文字通りキラーフレーズだった。最後の「ねえ」の囁きも、気持ちを揺り動かされる重要な要素になっている。

ロウワー

上では言及しなかったが、リズムの揺らし方が見事である。Aメロ、Bメロは跳ねているが、サビでは四つ打ちになっており、その境界によるサビの強調の効果が自然で良い。ラスサビの転調も、ぬゆりさんにしては珍しい気がするが、圧巻のものである。もう一度、年内ミリオンおめでとうございます。

以上、ぬゆりさんの紹介である。

またね。

※最後になりましたが、「年内ミリオン」の画像使用をご快諾下さったいも男爵さんに厚く御礼を申し上げるとともに、許可をいただいてから記事の投稿が非常に遅くなってしまったことを謝罪いたします。

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